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新宿歌舞伎町のSMバー【ARCADIA TOKYO】経営の他、各種イベントなどでも活躍する堂山鉄心の(めったに更新されない)ブログ。

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調教師16 ~ 最終章~ 1 窮鼠 ~ エピローグ

~ 最終章~ 
1 窮鼠


船倉内はとてもではないが清潔とは言えず、油と木と潮の匂いで充ち満ちていた。
脇腹から流れ出る血は既に止まってはいるようだが、未だ予断は許さない。
呼吸が荒い。
熱も高いだろう。
それでも変わらぬ、ニコニコとした無邪気な微笑で、心配を掛けぬようにと俺を仰ぎ見る。

――あの時――。


          *

「っらーっ! 須藤っ! もうすぐだぁっ! 覚悟しとけよっ! はっはーっ!」
鉄扉のふちが焼き切れるのを待てない数人が、ガンガンと蹴りを入れながら喚く。

一人でも多く道連れにしてやる――。
俺は扉の横の壁に背中を押し付け、グロックの銃杷を握りなおし、2つある予備弾装の内の一つを口に咥えた。
反対側の壁には、留美がチャイナのロング・ドレスのスリットから、心持ち上げた見事なラインの右脚を露出させ、そのガーターベルトに予備弾装を挟み、やはり両手に構えたコルトを上部に向け、射抜くように鉄扉を擬視している。

視線が絡み合った。
堪らない笑顔を返してきた。
へっ……。
中々、サマんなってやがる。

鉄扉は既に、左サイドを残すのみ。
右サイドに少しの隙間。
その隙間を狙って立て続けに3発。
闇雲に撃ったうちの1発が誰かに当たったようだ。
大げさな悲鳴と共に、鉄扉から漏れるバーナーの炎が掻き消えた。

「てめぇ、須藤っ! どうせ時間の問題だ! みっともねぇマネすんじゃねぇっ!」
時間の問題?
知ってるよ。
そんなことは、誰に言われるでもなく知っている。
それでも……。
みっともなかろうが何だろうが、最後の最後まで足掻いてやる――。

だが、少しの間を置いて、遮蔽物になるようなモノでも持ってきたのだろう。
再び、バーナーの炎が鉄扉のフチを舐め始めた。
早々偶然など続くものではない。
その後撃った弾は、見事に相手の遮蔽物どころか、鉄扉の向こうにさえ届かない。

その時、綾香を始め数人の女が洋服や布団などを大量に抱え、鉄扉の前に置いて火を放った。
――はは……。袋のネズミ側が、火か――。

大型の換気扇のおかげで、一酸化炭素中毒こそ免れるとは思うが、これも所詮足掻きの一つでしかない。
鉄扉は既にそのほとんどが焼切られ、今や体当たり程度でも開きそうだ。
しかしヤツらもこちらの銃と炎に警戒し、中々入っては来れない。

その時――。
「彰雄様、こちらです」
今まで姿の見えなかった恵子が突然俺を呼びにきた。
そして恵子が指差したそこには――。
壁からすっかり本体を外され、今や大きく口を開く、換気扇のダクトが。
そういえば、今日掃除の時に説明書と格闘していたのだったか――。

留美に合図を送り、ダクトに駆け寄る。
立てかけた簡易ベッドによじ登り、恵子に手を貸すため後ろを振り返ると、さっきと寸分変わらぬ体勢の留美が壁を背にし、鉄扉を凝視しているのが目に入った。

「何やってんだ! 留美。早く来い!」
ベッドから飛び降り、留美の下へと走り、出来るだけ小声で叫ぶ。
留美は鉄扉から目を離さず、闇雲に1発撃った後、「出来ません。今、ここを離れたら一気に雪崩れ込んできます。上にも回られて待ち伏せもされるでしょう。私はここを……動けません」
「バカヤロウっ! そんな理屈はいらねぇ! 一緒に来い! 命令だ!」
「……すみません。一度だけ。留美は一度だけ彰雄様に背きます。 一人でも多くの女の子を逃がしてあげてください」

何だ? 
何故こうなる?
これしかないのか? 
本当に、これしか……。

「彰雄様に万一のことがあれば、私たちの誰もが生きてはいけません。彰雄様には生き延びる義務があります。私は……。私は恵子さんが羨ましかった。誰よりも彰雄様に寄り添い、誰よりも彰雄様のお役に立てる恵子さんが。今回もダクトに気付いたのは恵子さん。私も……。私も一つ位、お役に立たせてください」
言いながらも、鉄扉からは決して目を離さず、時々思い出したように引き金を引く。

いったい今まで、どれだけ俺のために働いた?
俺に騙され、俺に利用され……。
そして今、俺のために死ぬのか? 
――留美――。

「……判った。全員が脱出したら、最後はお前だ。絶対生きて俺の下へ戻ってこい。これが……最後の命令だ」
「……わかりました」
俺は絶望の返事を聞くと、この状況には余りに不釣合いな留美の細過ぎる腰を引き寄せ、その唇に……。
恐らく最後になるであろう接吻けをした。

留美の頬を濡らす涙と唇の余韻を引きちぎるように、ダクトに向かって走る。

どうか……どうか、ご無事で……愛しています……。

微かだが、確かに聞こえた。
だが、俺はもう、振り返らない。

「早く。彰雄様」
恵子は自力で登ったダクトの口で俺を待っていた。
一体何人脱出出来る? 
後から続く数人の足音を聞きながら、自分の命さえ心許ない状況で、手近に転がっていた大型のサバイバル・ナイフと麻縄だけを掴んで走る。
――誰も死ぬな。

脱出出来たところでアテなどない。
ヤクザの世界ほど横の連携の強い世界はないのだから。
例えここを潜り抜けられたとしても、この日本で俺が生き延びることの出来る土地があるとは到底思えないが、留美の言った「……彰雄様には生き延びる義務がある……」この言葉に突き動かされ、ほとんど突起物の無い、四角い鉄製のダクトの内部を、目一杯、両手両足を突っ張りながら、口に麻縄を咥え、懸命によじ登った。
縦から水平へと移った後、途中行く手を塞ぐ金網を大型のナイフで切り破り、その破れた網に咥えてきた麻縄を縛り付け、下に向かって投げ下ろす。

――全員、生きのびろ。
再び絶望に近い祈りを捧げた時、微かに外の明かりが見え、続いてアスファルトの地面らしきものが見えた。
古いビルで助かった。
ダクトの換気口は1階の天井裏ではなく、床下に配置されていたらしい。
最後のアルミで出来た換気用のサッシュは外に向かって蹴り外した。

――今のは、目立つか――。
外に人がいれば、確実に認識されているはずだ。
換気口から、外を確認するため、そーっと、頭を出す。

ゴリっ……。

側頭部に押し付けられたソレは、間違いなく銃口だった。



2 脱出 

「静かに……敵ではありません。騒がれないためです。私、貴方を助けます。難しい状況でしょうが、私を信じなさい」
俺は、いきなり即頭部に銃口を押し付けてくる、全身黒ずくめの男を信用出来るような世界では生きてこなかった。
「STOP! 銃を握った手は、まだ、出さないでください。銃も取り上げたりはしませんが、こちらを向ければ撃たなければなりません」

誰だ? 
こいつ……。
「今は説明している暇もありません。どの道、貴方は私を信用するしかない」
――確かにそのようだ。

下では銃撃が始まっている。
もしかすると、何人かはすでに侵入しているかも知れない。
「ゆっくり出て、静かに着いて来てください」
俺はダクトから、ゆっくり這い出ると、まずは恵子を引きずりだした。
続いて、裕美……亮子……あゆみ……
「時間がありません。それに、そんなに車には乗れない」
「こいつらは俺と違って面は割れてねぇんだ。ここさえ脱出出来れば、後は何とかなる」
「どちらにしても時間が……」
その時、視線の端で何かが動いた。

『おい、あれ……』
遠目に白いジャージ姿の男がこちらを指差し、他の男に声をかけている。
「ダメです。見つかった。急いでください」
「固まるな。お前らは大丈夫だ。バラバラに逃げろ。生き延びるんだ」
一つに固まって途方に暮れる女達を思考の外に追い出し、黒ずくめの男について走った。
――ただ、恵子だけを連れて――。

「おい! お前ら待てっ!」
男達の怒声には、まだ距離がある。
銃など撃ってきても届かない。
だが、置き去りにした女達の悲鳴が聞こえた瞬間、地下室からは凄まじい爆発音が起こった――。
それと同時に、マンションのいくつもの部屋の窓ガラスが割れて飛散し、俺達のスグ後ろを追いかけてくる男どもや、逃げ遅れた女達の頭上へ銀色のシャワーとなって降り注ぐ。
俺は呆然と立ち止まり、マンションの方へと視線を向けた。

何が? 
一体何が、起きたんだ?
――留美……。

「何してるんですか。走ってっ!」
数発の銃声に追い立てられるように、走った。
T字路を左に曲がったところで、黒ずくめは、エンジンをかけたまま止まっているレガシー・ワゴンの助手席に飛び乗ると、「早くっ!」
声を限りに叫んだ。
俺も、日頃の運動不足からか、やたらと足をもつれさせる恵子を引きずるようにして乗り込む。
「GO! GO! GO!」
煽る黒ずくめの言葉に、運転席の男はタイヤを軋らせながら、黙って車を発進させた。

後ろを振り返ると、走って追いかけてくる者、恐らくは車を取りに戻るのであろう者などがいたが、その後、予想したカー・チェイスなども無く、俺達は何とか無事に神戸で朝が来るのを待ち、車を乗り換えて愛知まで戻り、そこから得体の知れない漁船に乗せられ、海上で再び、大きなタンカーに乗り換えさせられ、今はそのタンカーの船倉で背中を丸めている。

――留美……。




3 喪失

さすがに事務所の金こそ持ち出せなかったが、俺は個人資産を全て、地下室の金庫に入れていた。
神戸で朝まで待ったのは銀行で現金を下ろすためだ。
株券や土地の権利書などは諦めるしかないが、現金は1円でも多めに欲しい。
しかし、ヤクザだけではなく、警察庁まで敵に回している身としては、数千万の個人預金を全て下ろすわけにも行かず、新たな投資のため――。と、それらしい事をでっちあげ、数行から合計で2千万ほどの現金を下ろすのが精一杯だった。
その2千万にしても、その内の5百万を渡航費としてこの男に渡せば、残りは千5百しかない。
5百万など、法外も良いところだが、日本に居場所の無くなった俺に、選択権などあるはずがなかった。

「私はウォン。こちらの運転手の名前は知る必要ありません。彼はただの運転手。彼も貴方たちのことは一切何も知りません」
ウォンと名乗った黒ずくめの男は、神戸への車中で唐突に喋り始めた。
「何故、あそこにいたんだ? それに何故俺を助ける」
「私は香港の者です」
「それがどうした? 俺を知っているのか?」
「貴方は有名人です。私達の他にも、台湾、上海、北京、福建の者が貴方を狙ってました」
「狙って?」
「監視と言った方が正確でしょうか?」
訳がわからない。
「何故、俺を監視する?」
「私達の組織、新宿の出来事何でも知っています。私達だけじゃない。台湾も上海も北京も福建も……」
「お前らが新宿で力を持ってることは知っている。しかし、それでは答えになってない」
「貴方の調教した女性。大変素晴らしい。商売繁盛。みんな知ってる。とても評判が良い。香港の老大も大変興味深く思ってる」

――そう云うことか……。
ふざけるな! と、言いたいところだが、ヤクザと警察に追われ、いつの間にか脇腹に銃弾をもらっていた恵子を抱えて、俺に出来ることなどもはや何も無かった。
「みんな貴方のこと調べていました。貴方を引き抜くこと出来ません。なら、潰す方が早い。だけど、潰す前に、噂聞こえてきました。貴方の組織が貴方狙ってる。持田の事務所での作戦、見事でした。警察、何も気付いていない。でも、私達みんな知っています。貴方はこれから香港で老大のために働きます。早ければ2~3年で、日本に戻れるかも知れない。そのため蛇頭に5百支払ってください。普通なら一人3百、老大の口利きで今回は特別です。貴方、本当に私達に見つかって幸運です」

――幸運……か――。
その親切めいた言葉とは裏腹に、恵子には、簡単な止血を施し、抗生物質をくれただけで縫合さえしてくれる訳では無い。
幸い銃弾は貫通しており、このまま化膿さえしなければ敗血症などにはならないだろう――。と、思っていたのだが――。
船倉に潜って2日目の夜から、脂汗が止まらなくなった。

「……恵子」
呼ばれれば、いつものニコニコとした笑顔に大量の脂汗を浮かべながら、「はい……香港は……遠いですね……」などと、無理をして何も無い風を装うものだから、却って迂闊に声を掛けることも出来ない。
誰かに診てもうために船倉を出ようとしても、扉には外から鍵が掛かっており、言葉も通じず、俺は無力感だけを味わった。

3日目の朝――。
「あきおさま。恵子は久しぶりに走ったものですから、身体中が筋肉痛みたいです。……おかしいですね……」
高熱を出しながらも、全身を冷たい汗で濡らし、それでも引きつった笑顔を見せながら恵子が呟く。
「恵子……もう少しだ……香港に着いたら、一番に医者に診せてやる」
「……良いんです。恵子は幸せでした。……最後までご一緒出来て、留美さん達には申し訳ありませんが、本当に幸せでした」
「バカヤロウ! つまんねぇこと言うんじゃねぇ! ……お前の身体は俺のモノだ。俺の許可無く勝手に死んだりしたら承知しねぇ!」

――もっと気の利いたセリフを思いつかないものか――。
俺の言葉を聞くと、更にニッコリと微笑みを増し、ゆっくりと頷くだけだった。

夕方になると、少しずつ恵子の熱が下がっていった。
「覚えてらっしゃいますか? T国で一晩、恵子を抱いて眠ってくださいました。……手と手を……こう……。縄で絡めて……幸せな……とても幸せな時間」
「これから何度でも、抱いて眠ってやる。目を瞑れ」
「覚えてらっしゃいますか? 初めて制服をくださった時にこと……そうあの……」
「いいから目を……」

「あぁ……覚えてらっしゃいますか……恵子が幼稚舎に入学したとき……お父様ったら、靴下を左右違うものを履いて来られて。……真っ赤な顔でお母様に怒鳴ってるけど、ちっとも怖くなくて……。あれ? ……あれは小学舎の入学の時でしたかしら……」
「………………」
「留美さんは素晴らしい女性ですね。……誰よりも彰雄様のお役に立たれて……彰雄様のご寵愛を受けられても……恵子に自慢一つ言われる訳でもなく……」
「留美は……お前が羨ましかったと言っていた……」
「あら、何故でしょう? ……恵子は……恵子など女にもなれ……。……初めてお逢いした時を覚えてらっしゃいますか?……あれは……あれは…………あれ……」
「………………」
「……今頃、佐藤先生は留美さんに可愛がっていただいてますでしょうか……」

呼吸が荒い。
時折ヒューヒューと風のような音が混ざるのは過呼吸と云うヤツか。
――熱が……。
下がりすぎている。
「けいこ は……お んな ……………… あれ は……けい こ は……」

涙が止まらなかった。
2度と自分の女など持つまいと誓った。
俺がしてきたことは、こういうことだったのか――。

「恵子……俺の女にしてやる……今こそ……俺の女になれ……」
「……けい こ  は  どれいちょ……お……」

俺はそれ以上何も言わず、恵子の服を脱がし始めた。
薄汚れた船倉の薄汚れた毛布の上で――。
俺も同じく全裸になり、恵子に接吻けた。
かさかさに乾いた恵子の股間に唾液をたっぷりと塗りこみ、静かに――。
しかし、力強く腰を沈めていった。

「恵子……判るか? 今、お前は女になった。今、お前は俺の女になったんだ……」
もう、痛みもほとんど感じないのか、笑顔のままで不思議な表情を見せる。
「恵子。判るか? 恵子……」
「……あ、あぁ……わかります……あぁ……わかります……・これで……これ  で……」
笑顔のままで、はらはらと涙を流しながら恵子は呟く。
――そのとき――。
恵子の奥からどんどん溢れ出る熱いものがあった。
「これで……お ん な  に……あき お  さま……の おん な  に……」
俺は恵子の両腕を自分の首に絡め、ゆっくりと腰を動かした。
今や恵子の股間は夥しい愛液に溢れ、その表情は至福の極みを示していた――。


――その夜。
俺の腕の中で、相変わらず笑顔のまま、すっかり体温を失った恵子を抱きしめながら……。

俺はいつまでも泣いた。



~エピローグ~ 

横浜。
港の夜景を見下ろす高台には、近頃少し冷たくなってきた風が吹いていた。
――やはり、コートを持ってくるべきだったか――。
潮風を避けるようにシャツの襟を立て、タバコに火を着ける。
ここで一人の男と会う。
久しぶりに帰ってきた日本は少し、景色も違って見えた。


香港――。
5年前のあの日、愛知の港を後にした俺は、結局4日間を費やして香港に辿り着いた。
香港では、韓国人と日本人のハーフで、金 明人と云う名前を付けられ、ロゥと名乗る老大の下で働いた。
俺はロゥの計らいで、二重の目を切れ長の一重に整形し、顎も少し削り、名前を変えた。
ロゥの所有する女達を調教する日々。
ロゥは俺の遣り方に一切の文句をつけなかった。

ロゥは大量の女と、そして俺が日本で作ろうとしていたシステムをすでに持っていた。
つまり、女のレンタルと売買だ。
5年間で、一体何人の女を調教し、送り出したことだろう。
ロゥの所有する女は、香港の裏社会で、調教師である俺が名乗っていた名前を取って、『アギトの女』と呼ばれ高値で取引きされた。
俺は何人もの弟子を持ち、10人を超える調教師を育て、日本でも老大のために働くことを条件に、ようやく日本へと帰ることを許された。

香港に渡り、ロゥに教えてもらったところによると、あの日のマンションの爆発は火災が原因でガスに引火したものらしい。
加藤興業はあの事件が引き金となり、予てよりの内偵と様々な密告等により壊滅的状況に追い込まれ、山下自身は逮捕もされず生きてはいるものの、今やただの傀儡として、大組織の傘下で山下組と云う、小さな組の組長に納まっているらしく、もはや俺は復讐心さえ湧くこともない。

ただ……。
マンションのガス爆発については13年前の地下室の事件がそうであったように、報道などと云うものはいい加減なもので、クーデターを企て、加藤を殺して逃げた俺を冬木と持田が地下室まで追い詰めたが、俺に返り討ちに合い、山下組が追いかけたが逃げられたと云う事になっており、事実は誰にも判らないまま、須藤彰雄は現在でも全国を指名手配中である。

10数人の死傷者と発表された中に留美や綾香の名前もあったらしいが、留美が最後に見せた、あの堪らない笑顔が今も俺の脳裏には鮮明に焼き付き、数々の想い出と共に、今もどこかで生きているような気がしてならない。
そして、月夜の海にゆっくりと沈んでいった恵子も、生涯俺の中で、いつもと変わらず、いつまでもニコニコと無邪気に微笑み続けることだろう。

それらの想い出とは別に、生きている人間には一切の感情を抱かなくなった俺は、これからも数々の女達を地獄へと送っていくのだ。

綾香・裕美・亮子・あゆみ・浩子・洋子……
そして――京子。

幾人もの、俺と関わって堕ちていった女達の顔がよぎる。
久しぶりの日本で少し感傷的になっているのか。
俺も、大嫌いだった祖父や親父と同じロクデナシだと判った今――。
いや、もはや完全にヒトとしてのココロを失くした俺は、すでにヒトですらないもの――。
つまりはただのヒトデナシとして、どうせ、どこかで野垂れ死ぬ運命なのだろう。

顔と名前を変えたとはいえ、俺は今でも全国のヤクザと警察に追われている身である。
誰も信用しない。
誰にも心を許すことなど出来ない。
しかも以前とは違い、今の俺には何の力も無い。
これからは、常にビクビクと何かに怯えて暮らし続けるしかないのだ。


――そのとき。
一人の男がゆっくりと近づいてきた。
「アギトさん?」
「あ、あぁ……」
「あいやー、アギトさーん。話に聞いてるより良い男ねー。私、連絡係りのチャンよ! これから、アギトさんと組んで、お金、がっぽがっぽ……商売繁盛ねー!」



                                                    
―了― 






調教師15 ~第7章~ 4 成功 ~

4 成功

「間違いなく中に居んだな」
「はい。間違いありません」
「よし、行け」

さすがにあれだけ無神経な持田も、最近は事務所に泊まり込んで、自宅や別宅には一切顔を出していないらしい。
しかし、それにしても持田が動き続ける意図が判らない。
今動いて損をするのは間違いなくヤツの方だ。
意地と見栄だけの、足し算しか出来ない古いヤクザには早々に引退してもらおうとは思っていたが、ヤツはその機会さえ逃した。

金田が率いるチームは隣のビルから事務所の2階の窓へと静かに侵入する。
当然金田には出来るだけ音の出るものは使うなと指示してあった。
だが、やはり一つ間違えば銃撃戦だ。
警察の情報網を舐めてはいけない。
つまり、残念だが俺自身が現場に居るわけにはいかないのだ。
俺に出来るのは、ここでこうやって、作戦を反芻し、成功を祈ることだけである。

俺は今日のために、一人の内通者を飼っていた。
稲垣と云うチンピラに女を食わせ、絵を描いたのである。
持田はアレで中々慎重なところもあるようで、稲垣程度のチンピラの前では、未だに三山の一件もとぼけて見せているらしい。
が、俺達は警察ではない。
欲しいのは証拠ではない。
欲しいのは持田の身体(ガラ)だ。
そのため稲垣に求めるものはたった一つ、事務所の見取り図だけだった。

事務所のレイアウトは徹底して突入班に叩き込んだ。
実際に飛び込むのは金田を先頭にして6人。
狭い事務所内に大人数で入っても動きが制限され、同士討ちの危険を生むだけだ。
まず2階を制圧し、次に階下に下りる。
この作業を、いかに無音で行うかが事の成否を分ける。
そして1階の正面に原田のチームが同じく6人。
それ以外に5人で編成された遊軍チームがどちらにも行ける状態で待機している。
稲垣からの情報では、事務所に詰めているのは常時10人程度。
何も問題はない――。
はずだ。

俺は焦れた。
携帯電話を握り締めた手が汗ばみ、震えるほどに焦れた。

と、その時――。
「アキさんっ! 持田と斉藤のガラ抑えましたっ! 成功です! 作戦は成功です!」
いつになく興奮し、大げさにセリフめいた言葉を吐く原田の声が、携帯電話から飛び出しそうな勢いで響く。
「よしっ! 予定通りだ。連れて来い」
「これで……これで……」
「バカヤロウっ! 落ち着け! 詰め、誤るんじゃねぇぞ。クールにだ。あくまでもクールに行け」
俺も興奮が抑えきれない。
携帯を握る手の震えが止まらない。
予め用意していた褒め言葉など何一つ出てこなかった。
電話を切り、椅子に深く腰を沈め、腕を組み、大きく息を吐いて目を瞑った。
……み や ま……


原田達が到着するまでの30分程度が無限にも感じられた。
地下室の奴隷たちは、いつもと違う俺の空気にピリピリし、恵子だけが、いつもと同じようにニコニコと無邪気な笑顔を絶やさず立ち働いていた。
「彰雄様。今日は特別なゲストの方々が来られるんですね。私達、盛大にお出迎えいたしますわ」
「お客様は何名様程お越しですか?」
「主賓は2人だ。その他2人ほど俺の部下が来る」
「かしこまりました。主賓の方々は長い滞在になられるかも知れませんし、そのように準備させていただきます」
何も言っていないのに、恵子は理解しているらしい。
奴隷達を指揮して、酒や料理の準備と共に、部屋中を掃除し、道具の点検にまでソツが無い。
排水溝の溝を浚い、大型の換気扇に至っては、取り扱い説明書と格闘しながら、一旦バラして掃除し直すほどの周到さだ。
俺はソファーに浅く腰掛け、愛用の乗馬鞭を手でしごきながら、その時の来るのを待った。
肌が粟立ち、震える手を持て余しだした頃――。
ようやく到着を告げる着信音が、俺の携帯電話を震わせた。



5 捕獲

……がちゃり……

「失礼しますっ!」
地下室に場違いな金田の大声が響く。
「おう。連れて来い」
「おら、歩けっ!」
俺から話には聞かされていたものの、金田自身ここに入るのは初めてのことである。
金田ともう一人、吉村とか云うチンピラに背中を押され、持田と斉藤がよろよろと歩く。
「懐かしいな」
思わず凶暴な笑みが零れるのを押さえられない。
よろよろと頼りなげに歩く持田らは、拘束衣を着せられ、全頭マスクを被せられ、最後は檻の中で背中を強く押されて肩からコンクリートの床に転がった。

「う……うぅ……」
マスクの中から洩れる、くぐもった苦痛の声が俺の嗜虐心に火をつける。
「ごくろうだったな。武勇伝は今度ゆっくり聞かせてもらう事にして、今は少し休め。酒もある。食い物もある。ここんとこずっと張り詰めてたんだ。これが終わったら、本格的に休ませてやる」
「ありがとうございます。でも、原田さん達はまだ現場に詰めてるんで……自分等だけ休むわけにはいきません」
「おう、良い心がけだ。しかし、せっかく女どもが腕によりかけて作ったんだ。ちょっとくらい食ってやってくれ」
「そう、ですか……。判りました。じゃ、ちょっとだけ」

金田達に食事が運ばれる中、俺は立ち上がり、持田達が転がる檻に向かって歩いていき、上からじっと見下ろした。
みやま――。
大した業績も挙げていないクセに、古いというだけで組内でも常に加藤にタメ口を叩いてふんぞり返っている持田が、今は芋虫のように無様に転がっている。

さて――。
どうしてやろうか。
まずは、マスクを取って、言葉で恐怖を植えつけてやるか。
それとも、いきなりマスクごと火でもつけてやるか。
その後、刳り貫いた目玉でも、無理矢理自分に食わせ――。
いや。
何にしても全てを話させるのが先決だ。
そうなると、話をしやすいように、まずはマスクを外す前に――。
鞭か。

よし。
後ろを振り向いた瞬間、そこには3種類の一本鞭を捧げ持った恵子が、いつものようにニコニコと笑顔で立っていた。
この女には、俺でさえもが、時々寒気を覚える。

「どうぞ」
鷹揚に頷きながらいつもの鞭を受け取り、物も言わずに持田の顔面へと振り下ろした。
一瞬の間を置き、マスク越しに凄まじい絶叫が上がる。
後は拘束衣の上からでは大して効きもしないので、3mの動物用の鞭に変え、全身、腕だろうが、足だろうが、満遍なく30分ほど打ち続けた。

「おい。マスク脱がせて、拘束衣も取ってやれ。その後、後ろ手で手錠だ」
すぐに立ち上がろうとする金田達を尻目に女達が黙々と動く。
何もされていない斉藤も、先に脱がされ、血と痣にまみれて顔のカタチの変わった持田を見て、すっかり抵抗の意欲を失った。
「良い子だ、斉藤。さっきので判ったと思うが、デカい声だしたりしたら、俺は注意もせんぞ」
「くそ……アキ。てめぇ……何してんのか判ってんのか……」
バカはやはり、どこまで行ってもバカだ。
持田は、後ろ手の手錠ごと背中に渾身の鞭を数発叩き込まれてやっと黙った。
「俺が質問する。お前らはその答え以外一切喋るな。留美、斉藤は向こうに連れていけ」

3人に引き摺られて行く斉藤を目の端に捕らえながら、俺はゆっくり口を開いた。
「良いか? 今更お前らがやったとかやってないとか云う話を聞くつもりはない。聞きたいのは、何故やったか? それともう一つ、何故、三山だったんだ?」
「………………」
「黙ってれば好転する状況じゃ無い事くらいは分かってるよな?」
「がぁぁぁぁはぁあああっ!」
見ればいきなり恵子が肩にナイフを突き立てていた。
ニコニコと、無邪気に微笑みながら、「刻みましょうか?」
「どうする? 持田。知らんぞ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。ちょっと……ぐぅおわぁぁぁああっっ!」
「よし、恵子。一旦抜いてやれ。持田も話し難い。……で? どうなんだ?」
「判った……言う……ただし、信じてくれ……本当のことだ……本当に俺は何も……知らないんだ……」

………………。

「……持田ぁ……それか? それが、お前の答えか?」
「本当だっ! アキ。……俺も協力する。誰がやったか一緒に……」
全てを言わせずに、口の周りをガム・テープでグルグルと巻く。
「恵子……殺すなよ。まだ、必要だ。ただしこれから先、もう歩く必要は……ないかもな」
俺が、斉藤の方へと向かうために後ろを向いて立ち上がり、歩きかけた時、バチンっ! と云う大きな音と共に、今日一番のくぐもった絶叫が響いた。
一旦、斉藤の方へ向けた頭を、チラっと戻し振り返ると、アキレス腱の辺りから大量の血を垂れ流した持田の横で、ニコニコとナイフの血糊を拭う恵子と目が合った。

          *

「なぁ……どうせ持田は生きて帰れねぇんだ。何をこれ以上義理建てする?」
金田と吉村を帰した後、斉藤の尋問が始まった。

自白剤。
実は自白剤と云うクスリはない。
いろいろなクスリが自白剤として使用することが出来るというだけである。
ナチが使ったと言われる『真実の血清』と呼ばれたものは、主な原材料がチョウセンアサガオであるとも、ベラドンナであるとも言われるが、どちらにしても、主成分のスコポラミンが作用している事に違いは無い。
この無味・無臭・無色のクスリは中枢神経の抑制効果があり、普通に医療の現場などでも用いられているものだ。
が――。
その威力は凄まじく、昔南米で胸にスコポラミンの溶剤を塗った3人の娼婦が、一人の男客にその胸を舐めさせ、銀行口座の暗証番号を聞きだして預金を全て奪う――。と云う事件が実際にあったほどの効き目である。
もちろん量を間違えれば死に至ることさえあるのは言うまでも無い。

「ほん と に  しら らい  んら……」
すでに呂律の怪しくなっている斉藤に留美の平手が飛ぶ。
……7……8……9……10発。
同時に綾香等3人の女が愛撫を加える。
混乱。
飴と鞭などと云う気の長い話ではない。
精神と肉体に混乱を巻き起こす。
「ねぇ……早く喋って出したいよーって、言ってるよ……ここ」
クスリのお陰か、一向に勃起しない斉藤の粗末なモノをいじりながら綾香が甘く囁く。
「おれ たち は  ハメられ た んら……」
「その気になるまで、もっとハメてやるよ」
俺の言葉の意味にいち早く気付いた留美はさっそくゴム手袋を装着し、ローションを塗り始めている。
「ほ……ほんろ り……」
せっかくの初フィストがスコポラミンで苦痛が緩和されると云うのは、幸運なのか不幸なのか――。
少なくともヤル方としては、この上なくヤリやすい。
「こんな写真がバラ撒かれた時点で、どうせお前は食っていけなくなるんだ。この業界で」
斉藤のアナルには、留美の腕がズッポリと入り、その苦痛と弛緩の入り混ざり合った表情には言い訳の余地も無い。
「全部ウタって、楽んなれや。そんで、足洗って大阪や九州辺りで暮らせ。ちゃんと仕事も世話してやる」
「……う、うぅぅぅ……」
「何より、明日になりゃ、この女達を抱かせてってもいい。結構イケてんの揃えてっだろ? しかも、何でもアリの調教済みだぞ」
「か、かんべん……して……く れ……し、しららいん……」

自白剤などと云うものを使うのは俺も初めての事である。
やり方が悪いのか?
それとも量か? 
殺してしまっては意味が無い。
なら、どうする?
一度醒めるのを待って更に拷問を行い、その後再びスコポラミンを投与してみるか?
ダメだ。
こんなことはスグにでもバレる。
山下などの幹部連中が騒ぎ出し、加藤や冬木がここに乗り込んで来る前に言質を取っておく必要がある。

「留美。後ろがダメなら前だな」
俺がポケットから投げた飲み屋のマッチを手に取り留美が頷く。
やはり、こいつは頭が良い。
特製の診察台に寝かせ、胸、腕、手首、胴、腰、太腿、膝、足首の順にベルトで固定していく。
そうしておいて箱から一本のマッチ棒を取り出し、軸にローションを塗りつけ、ゆっくりと斉藤の尿道に挿入していく。
「斉藤。天井に鏡が無いのが残念だな。俺の設計ミスだ。 留美」
留美は、返事の変わりに、新たに取り出したマッチを摺り、斉藤の尿道に挿さったマッチに近づける。
「ちょ……ちょっと  ま れ……まっれくれ……」
震える斉藤の股間に灯がともる。
「煩ぇ……黙らせろ」
叫ぼうと口を開けたところに、タオルを押し込み、入りきれなかった部分ごと、ガムテープでグルグル巻きにする。
「何か喋りたくなったら左手上げろ。あ、留められてるから無理か……ははっ」
目を見開き、必死で何かを訴えようとする斉藤を見ながら、「お前が可愛い女の子だったら真っ赤な蝋燭なんだけどな」と言いながら、余ったマッチにも火をつけ、次々と身体の上に落としていく。
たんぱく質の焦げた匂いが鼻孔を刺激する。
黙々と作業を続けながら、留美はその目を異様に輝かし始めた。
「欲しいのか?」
「……はい……申し訳ございません」
診察台の上に寝る斉藤の身体の上に肘を乗せ、立ちバックの状態でケツを差し出す留美の股間は、すでに愛撫の必要など全くないほどに溢れ出させていた。
留美は俺に後ろから貫かれながら、斉藤の身体の焦げ痕に、丁寧に舌を這わせていく。
「まだよ……まだ、何も言わなくて良いからね……もう少し私に遊ばせなさい」
言いながら一通り舐め終え、いじり終えた後、焦げ痕に塩を振り掛け、それを刷り込んでいく。
「あぁ……来るよ……くる……その かおぉお……いぃぃぃぃぃいいいっ……」
留美は、真っ赤に紅潮し、激しく震えながら、見開いた目蓋に裏返る眼球を晒す斉藤の表情を見、点在する焦げ痕ごと、その胸と睾丸に爪をめり込ませ、自らは俺に髪を摑まれ、乳首を捻られながら激しく達していった……。



6 呆然

「おい……喉が渇いただろ? 熱かったからな」
ガムテープを外し、蛇口から延ばしたゴム・ホースで水を掛けられて失神から醒めた斉藤に声を掛け、目の焦点が合うのを待って、今度は鼻をつまみ、口の中にホースを突っ込む。
「いっぱい飲めよ。たらふくな……しかし、良かったな……持田はこんなもんじゃ済まさんぞ」
激しく咽き込みながら水を飲まされている斉藤に語りかけているとき、携帯が鳴った。
――ちっ、もうバレたか――。
早ぇな。

それはやはり冬木からの着信であった。
僅かな逡巡の後、通話ボタンを押す。
『アキぃ……跳ねンなっつったろうがぁ……しょーがねぇーなぁ、お前は……開けろ』
「え……開けろ? 今どこに……」
『地下のボイラー室の前だよ。この奥にお前が言ってた鉄扉があんだろ?』
「………………」

――何だ?
何故――。

「な、何人ですか?」
『あ? 何だそら? 俺とシゲと2人だけだよ』
確かに監視カメラには2人しか映っていない。
しかし――。早過ぎないか?
『早く開けろ! バカヤロウ!』
「……判りました……。少し待ってください」

監視カメラに向けられた顔は確かに冬木のモノだ。
それは誰かに脅されてる風でもない。
しかし、何だ? 
この強烈な違和感は。
金田達を帰すべきではなかったのか?
いや、相手は冬木だ。
間違いはない。
「恵子、留美。お前ら一応これ持っとけ」
全員に行き渡るほどには無いが、ここにも多少の武器は隠してある。
2人に拳銃を渡し、他の女達を壁際に下がらせ、俺は重い鉄扉を開き、階段を上がると、チェーンを掛けたまま薄くボイラー室のドアを開いた。

「何してんだ。さっさと開けろや」
「マジ2人だけっすか?」
「てめぇー、誰にモノ言ってやがんだぁ?」
それでも、後ろ手に拳銃を隠し、チェーンを外すために一度閉めたドアをゆっくりと開けた。
「いつまで待たせやがる。警戒心も相手見て持て、バカ!」
薄笑いを浮かべた冬木達を通し、再びチェーンを掛けた。

「あぁーあ、こんなにしやがって……」
冬木は、ボロボロになった持田と斉藤を見て文句を言ったが、すっかり青ざめたシゲとは対照的に、表情にはいつもの薄笑いが浮かんでいた。
「すみません……こいつら、強情なもんで……」
「で、何かウタったか?」、
「いや……。でも、もう少し時間ください。もう少しの間……オヤジには……」
「オヤジのことは心配すんな。そんなことより自分の心配が先だろうが」
「はい……。本当にすみません」
その最後の言葉を軽く聞き流し、冬木は持田の方へと歩いていく。
「かーっ! お前ホント やることエグいな……アキレス腱か? これ」
「えぇ、もう、歩く必要はないでしょうから」
「ホント持田も哀れだよな……。時代に乗れなかったヤクザほど惨めなモンはないかもな」
言った瞬間、極めて自然な動作で懐から拳銃を抜き出すと、間髪を入れず、持田の頭をブチ抜いた。
地下室に反響する轟音と共に銃口から立ち上る硝煙を見ても、一瞬何が起きたのか理解が出来なかった。

「ふ、ふ ゆ き……さん……?」
我ながら何と云う間の抜けた声を出したのだろう。
「抜いたらすぐに撃て……。教えてやったろ? アキ」

その時、俺の携帯が鳴った。
佐藤の第一秘書の向井だ。
こんな時に――。
無視しようかとも思ったが、この混沌とした頭を整理するためにも、状況を変えようと思った。
いや。
ただ、理解出来ない今のこの状況から逃げたかっただけなのかも知れない――。

「さ、佐藤がっ! 佐藤が撃たれましたっ!」
何だ?
どういうことだ? 一体今、何が起きているっていうんだ――。

「誰からだ? 原田か? 金田か? それとも佐藤ンところのモンか?」
――何故、知ってる――。

相変わらず薄笑いを続ける冬木の言葉には違和感しか感じない。
「教えてやるよ。アキ……。お前はな、跳ねすぎたんだよ」
その時、再び携帯電話が鳴る。
いつ、どうやって通話ボタンを押したのかも覚えていない俺の頭に、泣きながら叫ぶ金田の悲痛な声だけが響く。
「アキさーん……。原田さんがぁ……。俺が戻ったら、原田さんがぁぁあ……『パンっ!』……」
「……かねだ? か ね だ……。おい。原田がどーした? ……おいっ!……かねだぁぁぁぁあああああっ!」
僅かな足音に続いて、ツー・ツー・ツー……と、送話音だけが聞こえるようになった携帯を握りしめ、呆然と立ち尽くす。
俺は頭が可笑しくなったのか?
今、起こっている全ての事柄が全く理解出来なかった。


オヤジをよ。
加藤のオヤジを、日本一の親分にするってのはどうだ?
俺と、お前でよ……。

いつもの薄笑いを浮かべた顔で、若い頃さんざん語り合った冬木が、今は、その同じ表情のまま俺に銃口を向けていた。
その黒い黒い銃口に魅入られるように、俺は何も考えられず、何も答えられなかった。

「山下さんが使ってた今井ってセンセイがいただろ? アレの親分が現役の警察庁長官でよ。その親分さんが言うには、警察OBから現役の警視総監まで、全部ひっくるめて山下さん支援してくれんだと……」
「………………」
「味方ならまだしも、敵である佐藤なんざ、もう、いらねぇんだよ」
「………………」

「ところでアキ。お前なんで、俺を裏切ろうとした?」
「……う、う ら ぎ る ?」
「何で俺の下じゃ不満なんだ?」
「裏切ってなんかない。……は? 何言ってんすか? 不満とか……不満とか関係ねぇ」
「いつも一緒にオヤジ盛り立てていこうって言ってたじゃねーか? 何でお前一人で出て行くんだよ」
「………………」
「まぁ、オヤジも運がねぇーよなぁ。こんな甘ちゃんの若造のためによ……」
「へ? オヤジが……何?」
「オヤジはな……。お前一人のために幹部全員敵に回して……」
「殺ったのか……? てめぇ、オヤジまで殺ったのかっ!」
「俺じゃねぇっ! お前だよっ! お前のせいでオヤジはっ」

何がどうなっているのか、全く判らない。
気が付けば俺も冬木に対して銃口を向けていた。
「この状況で、どうすんだよ。言っとくが、外は山下さんの兵隊で溢れてんぞ。ドア破って入って来るか? それとも一生出れなくなって餓死か……。仮に俺を押さえたところで、人質としての価値なんざ、これっぽちもねぇーからな」
「てめぇ山下にしっぽ振ったのか? それでオヤジ売ったのかっ? そうだ……三山! 三山もてめぇーかっ!」
「いつまでも昔の怨恨引きずって俺から離れていく、そんなお前なんかをかばい続けっから悪いんだよ! 力だ! この世界は力だけが全てなんだ!」
「怨恨? 大垣のことか? アレは独立してから俺一人で……。組に迷惑なんざ掛けねぇー程度に……。って、そんなことで三山を……」
「一つ……。死んでいく、お前に一つだけ教えといてやる。その大垣だがな……。どこにいると思う?」
「し、知ってるのか! まさかてめぇー知ってんのか!」
「そりゃー知ってるさ……。俺が京子ちゃんの隣に埋めてやったんだからな」
「な、何故だっ! 何故黙ってたぁぁあっ!」
「あの頃お前は、それだけを生きがいに働いたんだ。アレがあったから死ぬ気んなって働いたんだよ。完全にフヌケてたお前がな。当然、オヤジの指示だ」
「嘘だ……オヤジが……う そ だ……」

もう、何が本当で何が嘘かも判らなかった。
その時、階段の上の方から、凄まじい破壊音が聞こえてきた。
「ほら、もうすぐ山下さん達が雪崩れ込んで来んぞ……。そうなりゃ、お前。もっと酷いことになる」
「くそぉ……。てめぇは……。てめぇだけは……」

俺の脳裏に冬木との思い出が蘇る。
2人で一人の女を輪姦(マワ)したこともあった。
2人で舐めた口を利いた飲み屋で暴れて、オヤジにさんざん殴られた。
2人でパチンコにも行った。
競馬や裏カジノ……。
俺と冬木との間にベタベタした友情などは無かったのかも知れない。
だが、考えてみれば、遊びはほとんどこの冬木に教えてもらったのではなかったか……。

「さ……アキ。観念しろ……。せめて俺が……殺してやる」
視界がぼやけた。
泣いているのか。
俺は。
涙など――。
涙など、とっくに枯れ果てたはずでは無かったか。
大垣を追いかけ、大垣を忘れかけたころに、本当のことを知り、知った時には、実の兄のように慕った人間に裏切られ……。
俺は、泣いているのか――。

バンっ!
地下室の中でやけに大きく響く轟音に弾かれ――。
冬木は静かに倒れていった。

――冬木さん。
銃口向けたら、喋ってちゃダメだって、教えてくれたじゃないですか――。

横を見ると、拳銃を投げ出し、血の溢れ出す腰を押さえて無様に叫びながら転げ回るシゲの姿と、その向こうで硝煙をたなびかせている2つの銃口があった。

いつの間にか鉄扉の向こうは大騒ぎで、やれバーナー持って来いだとか、電動カッターだとか煩い事この上ない。
俺は倒れた2人の男の前まで歩いていくと、至近距離から1発ずつ、それぞれの眉間に弾を撃ち込んだ。
鉄扉に赤い線が走っている。
バーナーかトーチのようなものまで用意していたとは驚きだ。
この地下室のどこにも逃げ場などは全く無く、どの道、俺も長くはない。
だが、ただでくれてやれる命などはすでに無くなった。
とはいえ、鉄扉に走る赤い線からは、すでにチラチラとこちらに向けて、悪魔の赤い舌を思わせる炎が覗き始めている。
何も考えられない頭にぼんやりと浮かんできたのは、死んで行った部下のことと、ここに残った女達のこと。

悪りぃな、お前ら。
俺もすぐに、逝くからよ――。





次回は、いよいよ完結!
調教師16 ~ 最終章~ 1 窮鼠 ~ エピローグへ続く





調教師14 ~第7章~ 1 跳躍 ~

~第7章~ 
1 跳躍 


「……で、お前は冬木んとこから独立して何すんだ?」
「不動産、株、先物……いろいろです。当然、女は外せません。俺の特技ですから。もちろん今のスタッフはほとんどF企画に残していきます。ただし、ルートだけはある程度使わせてもらいたい」
「お前の功績は認めるがな。どこの馬の骨とも知れないガキ拾い上げて一人前に仕立ててくれた冬木に対して、後足で砂かけるようなマネだけはせんだろな」
「冬木社長の恩は忘れませんよ。だから俺が育てたスタッフ残していくって言ってるじゃないすか」

加藤は奥のデスクに座り、黙って目を閉じていた。
他の幹部連中は、皆偉そうにソファーにふんぞり返り、黙ったままの加藤に代わってピーチク・パーチク騒ぎ立てる。
「冬木社長にも相談した上で来てんすよ。俺」

ヤツ等が言いたいのは、要するに25~6の若造に同列に並ばれては困ると言うことだ。
「俺らはな、アキ。冬木が甘い顔してるからって、調子コイてんじゃねぇーっ! つってんだよ」
持田だ。
元々加藤とは五分の義兄弟だったのだが、9年前のアノ時、こいつは塀の中にいて、事件が終わって出所してから加藤と話し合って合流した。
ウチでは一番の武闘派を自認する古株だ。

「持田さん。冬木のアニキのこと甘いとか言われたら、俺も行く道行かざるを得んすよ。言葉ぁ選んでもらえませんか?」
「んだと、こらっ! 言葉選ぶなぁ、どっちか教えてやるかぁ? あぁっ!」
「大体、何でここに冬木がいねぇんだっ!」

そこで、それまで黙って成り行きを見ていた加藤が初めて口を開いた。
「アキ。言葉選ぶなぁお前だ。今のは訂正しろ。しかも、持田さんじゃねぇ。持田のオジキだ。わきまえろ。ただな……みんなデカい声出すな。ここは会社だ。持田ぁ、山下ぁ、冬木待機させてんなぁ俺だ。冬木がお前らに気ぃ使って、自分がいないとこで、幹部の意見聞いてくれって自分から言ってきたんだ。何か言いてぇことがあんなら俺が聞く」
「いや、俺らは単にまだ早ぇんじゃねぇかって話してるだけだ」
「じゃあ、聞きますけど、ここで誰か俺より稼いできた人間なんているんすか?」
「てめぇ黙ってろ、アキ!」

ここにいる人間の誰にも媚びるつもりはなかったが、唯一加藤だけは例外だ。
この組で加藤と冬木だけが俺を黙らすことが出来る。
武闘派の持田だろうが、政治家に強い山下だろうが、俺を黙らす事などは出来ない。
俺は今までそれだけのものをこの組織で築いてきた。
誰よりも銭を稼ぎ、今までのものとは比べ物にならない政界とのパイプも作ってやった。
誰にも媚びず、誰からも文句を言わせなかった。
高校2年の時学んだ教訓だ。
堂々と生きたかったら、実績を残すことだ。
そうすれば誰からも何も言われない。
いや、言わせない。

「アキ、お前ウチに来て何年になる」
「はい。会長や冬木社長に拾ってもらって、もうすぐ9年になります」
「9年か……そろそろ良いのかも知れんな」

誰も俺に対して真っ向から文句は言えなかったが、いつしか周りは敵だらけだった。
だがそれも、高校の頃で慣れっこではあった――。
「判った。もう一度冬木と良く話して決める。ただな、アキ……お前あんまり跳ね過ぎるようだと……足下掬われっぞ」

これでは何の為に呼ばれたのかと憤懣やるかたない幹部連中を横目に見ながら、「判りました。もう一度ご検討ください」
俺は踵を返し、部屋を出るドアを閉める間際、「ま、検討するまでもねぇがな……」近くの幹部にだけ聞こえる程度の声で囁き部屋を出て行った。

これで、本当の敵がはっきりするはずだ。
ヤクザは大人の集団である。
俺は今、飛ぶ鳥をも落とす勢いであり、俺と正面から向き合うと云う事は、ヘタをすれば加藤組全体を敵に回すことにもなりかねないことくらいチンピラにでも分かる。
いくら俺に悪い感情を持っているからといって、ヤクザが損得勘定抜きで動くことなどは、そうそうありえない。
そこら辺が、その辺に転がっているチンケな暴走族やゴロツキなんかとの最大の違いであり、ヤクザがヤクザ足りうる力を持つ所以である。
しかし、その同じ理屈で誰かが動く。
所謂、反目――などと云う消極的な敵ではなく、自らの存在まで賭けかねない敵がいると思っていた方が良いだろう。
俺が独立すると云うことは、確実に誰かの組内での順位が下がることを意味する。
決して自惚れだけではない。
今の俺にはそれだけの力がある。
その動く誰かを見極めることが肝心だ。
敵に対しては少しでも早く情報を掴み、対策を考えておかねばならない。

それがこの世界で生きる者の命綱だ。



2 絵図  

「……で? 相手は何か言ってたか?」
どうやら始まったらしい。
ウチで飼っているホストが、歌舞伎町の雑踏で女に声をかけてる最中、いきなり4人のヤクザ者に拉致られフクロにされた。
「それが、『跳ねたら、刺すぞ。須藤にガキに言っとけ』……と」
「んだとっ、こらっ 上等だぁ!」
俺の右腕の三山だ。
もう、5年――俺の最初の舎弟で、ずっと頑張っているホスト上がりだ。

年は俺の一つ下で、ホスト時代、その成績はもとより、むしろケンカの強さで有名だった男だ。
その頃三山は、些細な事でウチの組が飼っていた先輩ホストと揉め、それが原因で俺にぶちのめされた。
俺はやる時は徹底的にやる。
それは相手に一切の仕返しを考えさせないためにも、それこそ本当に徹底的にだ。
アバラ3本を含む重症で暫く入院した後、何故か退院したその足でホストを辞め、俺の元へとやって来た。
「惚れました! あんだけ徹底的にやられたなぁ初めてだ。俺をあんたの舎弟にしてくれっ!」
土下座してまで口の利き方を知らない、この一つ年下の男に少し魅力を感じた。
「俺の下にいても食えねぇぞ。ホストやってる方が良くねぇか?」
「金じゃねぇっ! 金じゃねぇんだ……」
――俺のようなチンピラに舎弟など――。
冬木が何と言うかは分からなかったが、食い縛る歯の隙間から零れ出る、振り絞るような声を聞けば、取り敢えず無下には出来なかった。
「しゃーねぇなぁ……だがな……お前口の利き方に気ぃつけろ。敬語も喋れないようなヤクザはこれからの時代通用しねぇぞ。それからな……俺の名前は須藤彰雄だ。あんたなんて名前じゃねぇ」
それ以来、三山は先頭に立って女を集めだした。
そのうち三山のホスト時代の後輩である原田も合流し、俺達のチームは確実に力を付けていった。

「ま、吼えんな。三山。こういうのはこれから少し続くぞ。その場でやり合うのは全然OKだ。だがな、憶測で報復は許さん。全員に徹底しとけ。常に気ぃ張っとけってな」
三山も恐らく持田の所だとは判っている。
しかし、俺の言っていることも理解出来ているはずだ。
「心配すんな。今のウチに正面切って喧嘩売れるとこなんざぁどこにもねぇ」

          *

「……ってな、訳だ。」
佐藤には簡単な事情は説明してある。
「そうですか……その山下とか云う男の方は私で何とかなると思います。しかし持田の方は……」
「もちろんお前にそんなヨゴレ仕事は頼まない。現場は俺が押さえる。バック・アップだけしてくれりゃ助かる」
「それはもちろん。お任せください」
今や完全に俺の奴隷と化した佐藤ではあるが、この男は使える。
あまり無理を言って佐藤の立場を悪くすることは、この男の存在価値の下落にも繋がり決して得策とは言えない。
跪き、足に口づけようとする佐藤を留美に任せ、俺はその場を後にした。

これからは忙しくなりそうだ。
俺自身や三山、原田のような直近はまだ安全だろう。
しかし、いわゆる〝息のかかった〟と云うあたりで小競り合いが続くのは仕方がない。
そして、こういうものはどこかのバランスが崩れた瞬間、一気に崩壊する。
もちろん、消滅するのは持田であり、山下である。

          *

「いいから持田さんに代われや。斉藤」
「持田さんだぁ? 誰のこと言ってやがんだっ! てめぇから見りゃ持田のオジキお願いしますだろ。こらっ」
「直接上と話しても良いんだぞ。てめぇは四の五の言わんと電話代わりゃ良いんだよっ」

待ちに待っていたものが出た――。
歌舞伎町の俺の店で暴れた3人の男がいて、そのウチの一人が持田の舎弟が飼っていたチンピラだと判明したのだ。
「ここにいるチンピラが全部ウタってんだよ。おめぇーんとこの吉田の指示だってよ」
「知るか! 吉田もオヤジもここにいねーんだから、確かめようがねぇーじゃねぇーか」
「あのなぁ……俺はオジキがそこに入っていったって報告受けて電話してんだ。ガキの使い程度の言い訳しか出来ねぇお前じゃ話にならねぇーんだよ。さっさと代われや」
受話器を手で塞ぎ、ぼそぼそと何か小声で話してる様子が伝わった後、「てめぇー、アキ……。ウチと戦争する覚悟があって喋ってんだろうな……」
持田だ。
ようやく舞台に上がる気になったらしい。
「喧嘩売ってきたのはオジキの方でしょうが? 俺ぁ行く道行きますよ」
「ふざけんな! ありもしねぇでっち上げでウチ嵌めようとしてんのなぁ、てめぇの方じゃねぇーか! 吉田は何も知らんと言うとるぞ」
「へぇ……。持田のオジキは加藤興業きっての武闘派だと思ってました。それがこの期に及んで……イモ引きますか?」
「んだとぉ。てめぇ、誰に向かって……」
この話が加藤に伝わり、持田は完全に立場を悪くした。

          *

「アキさん。金でも喧嘩でもウチの方が上だってこと教えてやりましょうよ。大体、あんな時代錯誤なカッコした昭和の残党……ウチには目障りっすよ」
「原田。なんで古いヤクザはあんなカッコしてるか知ってるか?」
「いえ、センスでしょ? センスの問題じゃないんですか? 絶対仕事し難いのに……」
「あははは。センスか。それもある。それもあるがな……あれは、需要と供給のバランスの問題だ」
「え? 何すか? それ?」
「つまりだ、一般人はヤクザがヤクザっぽいカッコしてくれなきゃ、却って迷惑なんだ。間違えて一般人と同じ対応したらヤケドするだろ?」
「はぁ、なるほど……それは判りますね」
「もう一つはな、ヤクザも、一般人に上等カマされたりしたら、引くに引けないだろ? かと言っていちいち相手してたらソッコー逮捕(パク)られてみーんな塀の中だ。ソレもソレで困る。つまり需要と供給のバランスだな。しかし、俺達みたいに、ヤクザであることを隠した方が仕事がし易いって前提があれば、引く時は引けるんだよ。簡単にな。一文にもならんプライド引きずって頑張るよりも、これからのヤクザは、そう云った仕事の仕方しなきゃいけねぇ」
「ですよね。それにどっちにしたってあんなのは加藤興業にはいらないっしょ?」
この機会を逃しては為らない――。
「そうだな。そろそろ持田のオジキにも引退してもらうか」
俺は一気に攻めに転じた。

          *

「いや、全部とか言われても……」
「お前は何も考えんでいいから、言われた通り黙って全部売れば良いんだよ」
「でも、これは持田さんとこに……」
「今、持田とウチとどっちに付くのが得か判らん訳じゃねぇーよな」

まずは資金源を絶つ――。
持田のシノギは、ノミ屋やら、企業恐喝やら、こまごまと色んな事をやってはいるが、何と云っても一番の柱はクスリだ。
ここを攻めた。
新宿中の仲買人、もちろんその上まで行ければ、その上まで――。
徹底的に買った。
本当に末端の売人や消費者は、ウチのルート以外からは購入出来ないシステムを作る。
持田は急に売り上げが上がったことを訝るだろう。
しかし、それでも仕入れない訳にはいかない。
そして次の大きな取引の後には、大量の売れないシャブだけが残る。

          *

「お前、随分派手に動いてるらしいな。こっちにまで聞こえてくるぞ。アキ」
先日冬木から忠告があった。
「大丈夫ですよ。任せてください」
「いや……な。いつも慎重なお前にしちゃ、珍しいと思ってよ」
「はい。行く時は一気に行かないと。ここまで来て半端な手打ちとかさせられたんじゃ堪らんすから」
「そうか……。ま、お前のことだから心配はしてねぇけどよ。何でもかんでも無理に潰す必要はねぇぞ」
「冬木さんには迷惑かけませんから。安心してください」

          *

その後持田組とは、俺が『それだけはいらない』と言った、吉田の小指と共に払われたはした金で一旦手打ちとなる。
しかし、それで当の持田が納得するはずもなく、俺も他の件は全て不問にされ、結果遺恨だけが残った。
佐藤の方も山下が繋がっている議員と云うのが、別の派閥の政治家らしく少々難航しているらしい。
とはいえ、その間も各地で多少の小競り合いは起こるものの、所謂こう着状態であり、元々自力では勝るウチにとっては何の支障もない。

すでに地下室の個人奴隷は10人を超え、外の奴隷と併せ着々と客を確保していく。
俺は益々力を付けていき、持田や山下はジリ貧を免れない。


「アキ……俺達が加藤のオヤジを盛り立てていくんだ」
あの頃、冬木は毎日口癖のように言っていた――。
あの頃の無欲な俺はもういない。
この手で全てを掴んでやる。
もうすぐ持田の所には売れないシャブが大量に入ってくるはずだ。
一気に潰すなら、警察に密告るか? 
そうすれば、派手な動きはおろか、ヤツは一歩も動けなくなり、大量のシャブと共に沈むしかない。
なんなら、散々困らせたあげくに二束三文で買い取ってやるのも手だ。

と、その時――。
「アキさんっ! 三山さんがっ……。三山さんが殺られましたっ!」
「んだとーっ!」

崩壊の跫は突然に――。
本当に突然にやってくる。



3 戦争

青天の霹靂と云うのだろう。
俺や三山はまだ安全圏内だったはずだ。
こちらも持田自身や、斉藤クラスには手を出していない。
もちろん、お互いに暗黙の了解で手は出さないのだ。
特に、今動いて不利なのは間違いなく向うの方なのだから――。
完全に油断していた。

「冬木さん……申し訳無い。こうなったら、組割ってでも、ケジメ取りますよ」
「まぁ、待て。まだ、持田とも、山下とも決まってないんだろうが」
「何ヌルいこと言ってるんですか? 冬木さんの言葉じゃねぇっ!」
「バカ野郎。いつまでチンピラのつもりでいるんだ? お前もウチの幹部なんだぞ」
「これ我慢しなきゃならないんだったら、俺ぁ一生チンピラでいいっすよ!」

三山は特別だ。本当に特別なんだ。
俺に全く何の力もない頃から、黙って着いてきた。
俺も三山の意見にだけは耳を傾けた。

「アキさん。俺、いつかアキさんみたいに、カッコイイ男になれますかね」
三山はあれで、ホスト時代はかなりの成績を上げてきた男だ。
しかし、俺を慕い、俺を敬い、俺を諌め、俺に着いてきた。
その三山が、どこかの名前も知らないチンピラごときに――。

          *

「おい、もう戦略も何もねぇ。持田殺りに行くから、全面的に協力しろ」
「そ、それは……。警察関係はあまり刺激すると……」
警察関係は佐藤の政敵側が握っている。
つまり、山下が繋がっている人間の親分だ。
しかし、今はそれどころじゃない。
「てめぇ、俺の言うことが聞けない訳じゃねぇよな。今夜留美と洋子行かすからしっかり働け」
「わかりました……。何とか頑張ってみます」

          *

まずは斉藤か。
それともいきなり本命から行くか――。
「おい、斉藤と持田の動き徹底的に押さえろ。見失ったりするような役に立たない目ん玉は、俺が直々に刳り貫いてやると……。俺はやると言ったことはやる男だと若いモンに言っとけ!」

焦れた。
冷静でいようと思えば思うほど三山の顔が浮かぶ。
策を練るのはもはや三山への冒涜であるように感じた。
若い頃のように、内に漲る激情に身を任せ、ただ真っ直ぐ持田の顔面にこぶしを叩き込むだけならどれだけ楽か。
一生チンピラで良い――。
しかし、それでは俺を信じて着いてきてくれたヤツ等に報いることなど出来はしない。
『俺もアキさんみたいにクールに決めてみたいっすよ』
嗤うか?
今、滾っている俺を嗤うか?
三山――。


「原田! 金田連れて上がって来い!」
「金田は今、歌舞伎町で若いもん指揮してますよ」
「何人だ? 何人で行ってる?」
「金田のチームは6人です。そうそうヤラれませんよ。それよりアキさん。落ち着いてください。俺らが今出来ることは待つことだけです」
「バカ野郎! 三山ぁ俺の子だ! これで落ち着いてられんならヤクザなんてやってねぇんだよっ!」
「俺のアニキすよ。俺ぁアキさんより三山のアニキとは長いんすよ。汲んでくれませんか! アキさんに万が一のことでもあったら、俺ぁアニキに顔向け出来ねぇすよ!」
てめぇが俺の心配なんざ――。
言いながら、俺もいつの間にか、担ぎ手から御輿に変ったんだと思い知った。


持田だ。
やはりこいつを生かしとく訳にはいかない。
三山の為。こいつらの為。
そして何より俺自身の為にも。

今夜だ。
今夜動く。
まずは斉藤と吉田だ。
そして、持田には生まれてきたことを後悔させるほどの苦痛を与え――。

――殺す――。




調教師15 ~第7章~ 4 成功 に続く~








調教師13 ~第6章~4 信用~

4 信用

あれは、俺が京子と云う存在を断ち切るための儀式であったように思う。
恵子は今や俺にとって、すでにパートナーなどと云う言葉などでは表現出来ない存在となった。
留美は本当に良くやっている。その働きには何の不満もない。
しかし、やはり一つの駒であることも事実であった。

「やぁ、やぁ、やぁ。遊びに来たよ。たまには一緒に飲まないかね」
隣の棟から、佐藤がシャンパンを手に持ち、上機嫌で入ってきた。
おそらくさっきまで留美に遊んでもらっていたのだろう。
「いいですね。飲りましょう」
恵子と留美は忙しく立ち振る舞い、酒や肴を用意する。
暫く談笑が進み、酒が進んでいき、女2人が片付けに立った時、俺が恵子を足置きにしていることに話題が及んだ。
「君は常に女性をモノ扱いする傾向があるようだが、性を追求していくとね、段々倒錯感を求めるようになっていくもので……」
「仰る通りですね。佐藤様のように遊びに長けてらっしゃる方であればあるほど、普通の遊びではもはや満足出来るものではないでしょう」
「わははは……正にそれだ。で、SMのようなものにも興味が出てくる訳だがね。しかし、力の強い男性が力の弱い女性をいたぶるというのは、何か当たり前すぎる気も……ま、時々だね。時々そんな風に感じることがあるのだよ」
「ええ。西洋からレディー・ファーストと云う概念が持ち込まれ、〝男性は女性に優しくしなければならない〟と云う前提があって初めて、倒錯することが出来るわけですから……本来の力関係から言えば、女王様とM男性の関係の方がよっぽど倒錯的であるのは間違いないことですね」
「だろ? 私も時々そう思うんだ」

これはチャンスかも知れない。
佐藤は自分の性癖を解放したがっている。
しかし、ここは慎重に進めなければならない。
プライドというヤツは意外と複雑で厄介なシロモノだ。

「……ところで留美から何か聞いておるかね」
「は? 何をですか?」
「いや、私の事をだね……」
「佐藤様は本当にお優しく、留美の我侭を何でも聞いてくださると、そう聞き及んでおりますが」
「そうかね。いやぁ、留美は本当に可愛くてね。本来の主従関係を考えると、どうかと思わないでも無いんだが、つい、甘くなってしまってね」
「いつも留美には注意しております。佐藤様のご好意に甘えてばかりでどうする――と。本当に私の躾が行き届かないばかりにご迷惑ばかりおかけして」
「いや……、そういうことでは無くてね……」
「何でも、留美に聞いたところでは、佐藤様はM女性の気持ちも知らなくてはいけないと、時々攻守交替されることまでおありとか……」
「ま、それはだね、やはりSMと云うのも自己満足だけではいけないと言うのが私の持論でね」
「勉強になります。ただ、サディストと云うものは、ともすれば、すぐに何かの型に嵌めたがる傾向があるようで、やれ、これが正統だ、あれは偽者だ――などと、自ら世界を狭くしがち。これでは本当に自分が楽しめる訳もありません。私の知り合いの遊びの達人と呼べる方々などは、ほとんどがSもMも両方を楽しまれる方ばかり。私のような狭量な未熟者とは違い、佐藤様クラスになられれば、当然、どちらの楽しみ方も自由自在でいらっしゃるのでしょうね」
「それはそうだよ。だが、なかなか相手によりけりでね。私をその気にさせるほどの女には早々巡り合うことが出来ん。ただ、留美ならそうなる可能性も高いがね」
「それは益々持って羨ましい限りです。留美も大好きな佐藤様にそこまで言っていただければ本望でしょう」

薄氷を踏むような――とは、こういうことかも知れない。
優秀な政治家である佐藤が、俺ごときの誘導尋問に引っかかるのは、多分に自ら告白したがっていた状況と、俺のことを多少なりとも信用してきたからだろう。
第一、今回の旅では前もって共に法を犯すことが決まっているのだ。
元々信用は無い訳ではない。
しかし、信用と云うものも一筋縄ではいかず、この部分については信用している――などと細かく枝分かれしているのが普通である。
誰かが言っていた言葉ではあるが、『信用とは、過去の経験に基づく未来予想の一つに過ぎない』だ、そうだ。
それはそうだろう。仕事で充分信用に値する上司だからと言って、休みの日の草野球で4番を任せられる訳では当然無い。

「愉しそうに、何のお話をされてるんですか? 私達も入れてくださいません?」
留美は頭が良く、本当に出来た奴隷だ。
地下室ではこんな言葉は絶対に吐かない。
TPOと云うものを良く理解している。

「今ちょうどお前の話をしていたところだ。佐藤様は本当にお前を気に入ってくださる。お前が先日ボンデージを着て行きたがった意味が理解出来たよ」
佐藤がピクっと反応した。
まだ、はっきり逆転しているとまでは俺に告白していない。
俺もあまり調子に乗りすぎて、佐藤を殻に閉じ込めてしまっては意味がないのだが、軽いジャブでガードを崩していくこともまた重要だ。

「あの日は私、佐藤様に喜んでいただこうと少し張り切りました」
「うん。とても美しかったよ」
「ところで留美。お前最近縛りの練習に余念がないみたいだが、一度俺の前で見せてみろ」
「はい。でも、どうしましょう。恵子さんにお願いしても良いんでしょうが、男性と女性では身体も違うし……佐藤様、良ければ少しモデルになってくださいませんか?」
「……や、まぁ……私は構わんが……うん。練習みたいなものなら……まぁ……」
「ありがとうございます。本当にいつもいつも我侭ばかりでごめんなさい」

なんだ、この白々しい会話は。
しかし、こういう儀式めいたことも言い訳として必要なのだ。
男というのは、生まれてから此の方、散々〝男子たれ〟として、育てられてくるのだ。
常に〝男らしく〟と教育されてくるのだ。
その人間の〝男らしさ〟と〝M性〟とは本来何ら相反するものでは無いのだが、人前で晒すには中々に勇気のいる行為であろう。
特に佐藤のように、他人に傅かれるのが当たり前の人間になれば、なおさら当然である。

せっかくだからと、少し電気を暗くした部屋で、留美が縄を掛けていくに従って段々と佐藤の息が上がっていくのが分かった。
俺は佐藤がリラックスしやすいように、恵子を弄び、膝に抱えて尻を撫ぜたり打ったりしていた。
「せっかくですから目隠しも致しましょうね」
留美に、小声で耳元に囁かれる頃になると、すでに理性の半分程度は飛んでいたようだ。
目隠しをされた顔に、留美の豊満な胸が押し付けられる。
佐藤は必死で舌を伸ばし乳首を探す。
留美はそれをさせまいと、ギリギリのところで逃がしながら、逆に佐藤の乳首を優しく指で転がしている。
「いけない舌だわ」
耳元で優しくそう言うと、必死に伸ばす佐藤の舌に突然、木製の洗濯バサミを挟む。
「取っちゃだめよ。取れてしまったらお仕置きですからね」
ズボンを脱がし、下着の上から左手で佐藤の股間を撫ぜながら、右手でテーブルに置いた蝋燭に火をつける。
それを高く持ち上げて、伸ばした舌の上に垂らす。
思わず反射的に舌を引っ込めかけ、危うく洗濯バサミが取れそうになる。
「何? そんなにお仕置きが欲しいの?」
佐藤は嫌々をするように、小さく首を振ってそれに答える。
「それじゃあ、良い子にしててね」
股間で遊んでいた手を内腿に移し、爪を立てて優しく――。
しかし、少しずつ強さを増していきながら撫ぜまわしていく。
何本もの爪痕が残った佐藤の内腿に高い位置から蝋燭を垂らす。
思わずこぼれる佐藤の呻き声を聞きながら、俺は留美のスキルの高さにただひたすら関心していた。

留美は今、間違いなく、仕事と云うだけではなく自分も楽しんでいる。
恵子は俺に命じられ、大きく開いた左脚を佐藤の右脚に乗せ、蝋燭を垂らして遊んでいる留美の股間を舐め始めた。
「あら、いけない子猫ちゃんの登場だわ」
恵子は、留美の股間を舐めながら佐藤の股間にも手を伸ばす。
洗濯バサミで挟まれた舌から、大量の涎を垂らしながら佐藤は荒い呼吸を繰り返した。

ここで俺は一つの賭けに出た。
恵子に佐藤の股間を含ませた後、留美に佐藤の頬を2~3発張らせておいて、俺は佐藤の肩に手をかけた留美を後ろから貫いた。
佐藤は、突然沸き起こった留美の大きな喘ぎ声に少し不思議そうな顔をしたものの、恵子から受ける刺激に未だ頭がはっきりしない状態のまま目隠しを外された。
目を開けても、暫くの間は目の前で何が行われているのか理解出来なかったようだが、留美に再び頬を張られ、「ちゃんと目を開けてよく見なさいっ。あなたの……はぁ、あなた のぉ……じょ おう さまがぁ……ぁあ、おかされて いる、のですよ……」
「あ あ あ あぁぁ ぁぁ ぁぁぁあっ!」
佐藤は舌を洗濯バサミで鋏まれ、言葉にならない声を上げながらも、急に泣きそうな顔になり、女のように首を左右に振りながら恵子の口の中に放った。
それを見届けてから俺も留美の中に放ち、留美は恵子から口移しでもらった佐藤の精液を、更に口づけと云う形で佐藤に返す。
留美と舌を絡ませている佐藤は恍惚の表情をしたまま、ふと、上を見上げた。

そこには――。
一歩離れたところから、醒めた目で全体を見下ろす俺がいた。




5 翻弄

「こちらです」
現地の人間に案内され、俺達は地下へと降りる階段に足をかけた。

コツ……コツ……コツ……。
……がちゃり……

それは、いつもの地下室を彷彿とさせるシーンであった。
……ギィー……

錆びた鉄製のドアを開けたそこは、やはり薄暗く、少し黴臭かった。暗さに少し目が慣れてきた頃、奥の壁際に一人の女が全裸で蹲っているのが見えてきた。

――こいつか。
殺人ショーに使われる女と云うのが、一体どういう種類の女なのか興味は尽きなかったが、やはり部屋は薄暗く、下を向いた女の顔の作りや、表情までは見て取れなかった。
ほんの数メートル。
しかし、これから殺される女と、それを見物する俺達との間には無限ともいえるほどの距離があり、それは決して縮むことは無い。

――これが金の力だ――。
持てる者と持たざる者との違い。
金があれば下げる必要の無い頭を下げることも無い。
金があれば失う必要の無い命を失うことも無い。
金・金・金・金・金……。
俺がほとんど興味を抱くことのなかったモノの一つの現実がここにある。

5分……10分……。
緊張のせいだろう。
俺と恵子を除く2人は、いつもに比べて極端に口数が少ない。
俺が話しかけても生返事だけでロクに会話は成立しなかった。
俺も恵子も元々、決して饒舌と言える方ではなく、結局沈黙が長くなり、嫌でも佐藤と留美の緊張は高まっていく。

……がちゃり……
突然鉄扉が開き、あまりに場違いな衣装を着けた男が入ってきた。
「大変お待たせ致しましたぁ。私の名前はぁ~、ムッシュ~・マー。本日の華麗なるイベントをお贈りさせて頂くでーす。」

マーと名乗るくらいだから中国人か?
それにしてもふざけた演出だ。
この薄暗い、これから殺人ショーが行われる地下室にはまるでそぐわないタキシードにシルク・ハット。
更にニッカ・ボッカーを穿き、その上からはニー・ブーツ。
手には3m程の一本鞭を輪にして持ち、厭らしい笑みを浮かべた口元には、ご丁寧にもカイゼル髭まであるのだから、すっかり昔のサーカスだ。
しかも、明らかにわざとおかしな日本語を使っている。
「今宵お贈りさせて頂く華麗なるショーはぁぁあ、この美女、ミス・ジェーンのぉ エ~ロティ~~ックッ! サプラ~イズッ!」

マーと名乗る男が腰をくねらせながら喋り始めた時、ジェーンと紹介された女は少しだけ反応を示したが、今は再び興味を失ったかのように、項垂れたまま身動きをしなくなった。
良く見れば、前手錠を掛けられた女の首には革の首輪が着けられ、そこから伸びた1・5m程の鎖で出来たリードは後ろの柱に繋がれていた。
マーと名乗った男は柱の鎖を外し、そこに2m程の新たな鎖を繋いだ。
「さぁ、ミス・ジェーン! お客様方にご挨拶するです!」
鎖を引っ張り、俺達の前に女を差し出す。
女はやつれた表情をしており、どうやら西洋と東洋の混血らしいことまでは分かるのだが、具体的にどこの――と、特定出来る程の特徴はない。
ブラウンの髪はソバージュの名残りを残し、分け目から伺える根元の方はストレートに近く、その部分も同じブラウンであることから、やはり西洋の血が入っているのだな――と、俺は意味もないことを考えていた。
マーと名乗った男は、手に持った鎖を天井に取り付けられたフックに架け、一本鞭を慣れた手つきで振るうと、それはジェーンと呼ばれた女のすぐ横の床で鋭い音を立てた。
一瞬、その音に身を縮ませた女は、いかにも不慣れな様子で、恐る恐る床に手を着き、頭を下げた。
そこから暫くの間は、マーの如何わしい言葉使いを除けば、所謂普通の――。まぁ、言ってしまえば退屈なSMショーが延々と続いた。
ところが、30分以上にも亘るマーの一本鞭が、ジェーンの背中の皮膚を削り、血が流れ出してきた頃から、酒とドラッグで意識の濁った佐藤の息遣いが荒くなっていく。
留美はその変化にいち早く気付いたようで、早くも佐藤の股間をまさぐりながら、自らも息を荒げている。
更に1本鞭はジェーンの頭部を滅多打ちにして完全に失神させ、ピクリとも反応しなくなると、マーはその女の破れた皮膚に塩を擦り込み無理矢理覚醒させる。
覚醒と言っても、目は裏返り、口からは泡を吹いてガクガクと痙攣したままであることには変わりない。
そして今度は剃刀を手に持ち、女の頬から腕、胸を通って、わき腹から足先まで、縦に何本もの赤い縞模様を描いていく。
佐藤は、留美によってすっかり下半身を剥き出され、四つん這いの格好で、アナルと男根の両方を責められながらも、決してジェーンからは目を離さなかった。

やはり、こいつは相当のマゾだな。
俺はその状態が5分以上続いているのを確認してから、おもむろに佐藤に近づき、髪を軽くワシ掴みにすると、更に顎を上げさせ、耳元で囁いてやる。
「佐藤さん。ご覧なさい。あの女の肌から這い出てくる赤い蛇を……美しいとは思いませんか? 佐藤さんも身体の中に、あんな綺麗な蛇を飼ってらっしゃるんですよ。そのうち、留美はそれを見たがるかも知れませんね」
「あ、あぁ……」
俺にその趣味は全くないが、今ならこの男は俺のものでも喜んで咥えるだろうと想像し、少し愉快な気分になった。
「ほら、もう少し近づいて。大丈夫……怖くなんてありません。もう、ほとんど意識なんて残ってないんですから」
少しずつ女の方へと導きながら囁き続ける。
「あの縦に伸びる傷口に、そっと触れてみなさい」
「ぅうう……」
マーと名乗る男は、予め打ち合わせた通りに、こちらのプレイが始まるのを待って、一人静かに奥へと消えていた。
留美から代わった恵子が股間を責め、留美と俺とは耳元で交互に囁き、その間も留美は佐藤に時々接吻をしたり、乳首を愛撫したりするのを怠らなかった。
口から泡をこぼして痙攣を続ける女に、佐藤の手を取り触れさせる。
佐藤は一瞬、ぴくっと、出した手を引っ込めたが、そこから恐る恐る触れ始めた。
縦に伸びた薄いピンクの裂け目から溢れ出る血をなぞるように、そーっと――。
俺は、留美が再び佐藤の乳首を抓りながら接吻しているタイミングを狙って、優しく佐藤人差し指を手に取り、女の開いた傷口に、いきなりエグり込むように押し付け、下に向かって強く引いた。
佐藤の爪が、剥き出しの傷口を深くエグり、血管を破って、新たな血が噴出す。
女は大きく身体を跳ねさせ、佐藤も同じく身をすくめた。
「ジェーンを見なさい。ジェーンの今の姿には一点の嘘もありません。見栄も外聞もプライドも羞恥心も……全てを晒すと云うのは……案外こういう姿なのかも知れない」
佐藤は俺の言葉に、ジェーンの姿に――。
そして己の姿に慄き――涙した。

留美は、佐藤の爪をジェーンの乳房の傷口に何度もめり込ませ、血と、様々な体液にまみれ、更に脂肪でヌルついたそれを、己の乳房に擦り付け、それを佐藤に舐め取らせる。
「とても可愛いわ……私の可愛いわんちゃん。お利巧で……あぁ……綺麗に、綺麗にするのよ」
俺は再び、狂ったように、留美の乳房に着いたジェーンの体液を舐めている佐藤の指を取り、頚動脈に近い傷口から潜り込ませる。
乳房の、妙にグニュグニュした感触とは異なり、喉元はやはり筋張っており、筋や血管や頚骨の感触がリアルに感じられる。
恵子はその間、マーの仕事を引き継ぎ、剃刀で新たな傷口を増やしながら、時々、自分でも傷口に指をめり込ませ、いつもの笑顔を張り付かせたまま――。とは言え、少しだけ息が上がっていた。
「さぁ、頚動脈はどれかな……命を感じるんだ……命の鼓動を見つけて、そいつを引きちぎれ」
「出来るわね。私の可愛いわんちゃんはとってもお利巧さんだもの。そんなことぐらいすぐに出来る事を彰雄様にも見せてあげて」
「……はい」
佐藤は、必死で頚動脈のあたりに手を埋め込んで捜す。
「もっと深くだ。指を立てて……こう。縦に筋肉を掻き分けて、もっと奥へ……」
その時、突然佐藤は嘔吐した。
びくんびくんと筋反射だけで動く、血まみれのゼンマイ仕掛けの人形のようになった女に、佐藤の大量の吐しゃ物が降りかかる。
「だめじゃないか。せっかくの綺麗なピンク色の傷口が見え難くなっちゃったぞ」
涙と鼻水と吐しゃ物でぐちゃぐちゃになった佐藤を、あくまで冷静な俺と、興奮状態の留美が導く。
指で無理矢理広げ、ぐちゃぐちゃになった傷口を泣きながら掻き回している佐藤の動きがピタっと止まった。

少し冷静になれば、どくどくと激しく脈打つ頚動脈を感じることなど訳は無い――。
「見つけたんだな。それが頚動脈だ。さぁ、引きちぎって見せてくれ」
佐藤は、ぐちゃぐちゃの傷口に突っ込んだ手を硬直させ、ガタガタと震えだした。

実は、鼓動自体は簡単に感じられても、そうそう実際には触れられるものではない。
動脈などと云うものは、普通想像しているよりも、遥かに奥に通っているものだ。
この時も、傷口に指を突っ込むと言ったって、本人の意識とは大きく違い、実際は精々1cmも潜ってはいない。
しかし、本人が動脈だと感じている以上、それは動脈なのである。
少なくとも、佐藤本人からすれば、間違いなくそうなのだ。
この女の命を自分が握っている――。
この感覚こそが全てなのだ。
生物と云うのはまず、自己の保存本能で動いているのである。
そして、自己保存本能の延長として――。また、同義語と言っても良いかも知れないが、次に来るのが種の保存本能だ。
――人間以外の動物は、同種を殺すことはめったにない――。
と言うのは良く言われる話ではあるが、自己の保存に直結する、種の保存と云うものを考えれば当然の事であり、だからこそ、人間も含め、同属殺しと云うのは、理屈ではなく嫌悪感を持つように、予め遺伝子にプログラミングされている。
つまり俺を含め、平気であろうが無かろうが、同属殺しが出来るというのは、それだけで、すでに生物として、どこかが壊れていると言っても過言では無いのである――。

「どうした? 指で引きちぎれなければ、歯で食い破っても良いぞ」
佐藤は、ジェーンの喉元に指を突っ込んだまま、目はこれ以上ないと云うくらいに大きく見開き、頬をビクビクと痙攣させたまま固まっている。
「その方が良いかもね。人間の生命を自分の舌で味わいながら絶ち切ってみなさい」
佐藤の唇が何かを言おうとわなないていた。
「私もね。以前彰雄様にそうやって導いて頂いたの……貴方も来るのよ。こちら側に」
言いながら留美は、佐藤の指を傷口から外し、後頭部の髪の毛を掴み、口を傷に向けて押し付けようとする。

そろそろ限界か――。
俺は、留美によって傷口から外された佐藤の指を開かせ、そこに恵子から受け取ったナイフを握らせた。
更に、その上から俺も手を重ね、留美に視線で合図する。
留美が佐藤の後頭部から力を抜く瞬間を見計らって、俺は佐藤のナイフを握った右手を振り上げ、そこに留美も手を重ねた。
「一緒に行きましょう……私のわんちゃん」

生きている人間の心臓の力と云うのはこれほどのものだと初めて知った。
3人で握ったナイフがジェーンの頚動脈を切り裂いた刹那――。
正に間髪を空ける間も無く噴出した血は、佐藤の開いたままの口を中心に顔面全体に叩きつけ、傍にいた俺や留美にまで余すところなく降り注ぎ、それははっきり痛みを感じるほどの力を持っていた。
血は、数秒から数十秒で勢いを無くしたようだが、俺は完全に魂の抜けた佐藤の手ごと、頚動脈のあたりを何回も何回もグリグリと抉り続けた。
ナイフをこねくり回すたびにジェーンだった肉体はビクンビクンと大げさに跳ね、骨を思わせるゴリゴリと云った感触と共に、何故だかはっきりとは判らないが、それはとても面白く、俺達はいつまでも飽きることなく、その作業を続けた。
佐藤は失禁し、さらに脱糞までし、昼間っから幽霊でも見たような顔のままで固まっており、代わりに留美は悪鬼のごとき形相で大粒の涙を流しながら笑っていたが、恐らく俺自身似たようなものではあったのだろう――。

「ほら、佐藤……。次は目玉をくり抜いてみないか」
「口が耳まで裂けていたら面白いわね」
「胸はダメだな。ただの薄黄色い脂肪の塊で面白くもなんともない」
「ねぇ、心臓って、生でみたことある?」
「それより俺は子宮ってのが見てみたいな」

無邪気に遊ぶ俺達の横で、すでに人間を一人解体した経験を持つ恵子は、一人ニコニコと無邪気に微笑んでおり、佐藤は顔中の筋肉を痙攣させ、泣いてるような、怒ってるような、また笑っているような複雑な表情を醸し出していた――。



6 屈服

「そうだ。本当にお前は上手くなったな」
悠然と椅子に座る俺の足を、裸で四つん這いになった留美が嬉しそうに舐めていた。
その留美の股間には、縛られ、仰向けに転がされ、全頭マスクから舌だけを挿し出した佐藤がむしゃぶりつき、その佐藤のアナルには、メイド服にゴム手袋をした恵子の腕がずっぽりと丸ごと手首まで入っていた。

最初の頃を除いて、俺は佐藤の目の前で留美をM女扱いすることは決してなかった。
しかし、今は状況が変わった。
T国からの出立を明日に控えた今、俺は王として君臨している現状を完全なものにする必要があった。
佐藤にはこれからたっぷりと働いてもらわなければならない。
そのためには鞭ばかりではなく、多少の飴も必要なのだ。

ただし――。
あの日以来、佐藤は俺に対する口の利き方からしてはっきりと変わってきた。
日に何度も連絡を取っていた、別のホテルに待機させている秘書とさえ、昨日、今日と一度ずつの連絡しかしていない。
それも俺の指示だ。
他人が介在しているところでは、やはり佐藤を立ててやらなければならないが、何事も最初が肝心なのは言うまでもなく、今は少しでも外の環境に触れさせたくない。

物事はすべからく、何につけてもタイミングが全てである。
ここで、今まさにこの瞬間において、佐藤に俺と云う存在を刻み込む。
それは、佐藤自身が絶対視する留美を、目の前で俺が服従させることによって刻み込んでいくわけだが、通常なら反発を感じることでも、一昨日のあの出来事の後なら容易に受け入れてしまう。

恵子に腕でアナルを犯され、醜く勃起した股間を恥ずかしげもなく屹立させ、M女の股間を愛しそうに舐める。
その先には全能の王である俺が轟然と全てを見下ろしている。

後、一歩だ――。
「佐藤、嬉しいな。恵子にケツマンコを犯してもらいながら留美のまんこを舐めさせてもらって」
「……はい……。とても嬉しゅう、ございます……」
「誰のおかげで、そんな贅沢が出来るのか言ってみろ」
「……そ、それは……ぁ……す どう……さまの、おかげです……」
俺は椅子から立ち上がり、佐藤の顔の上を跨ぐと、そこから留美の尻の割れ目を目掛けて放尿した。
留美の尻に当たった俺の尿はそのまま佐藤の口の中に零れていく。
「あぁ……一滴残らず飲みなさい。佐藤」
留美に言われ、恐らく俺のものであると気付きながらも、佐藤は喉を鳴らして飲む。
「あら、そんなに零してしまって……これはお仕置きが必要ですわ」
恵子の声に、佐藤が震えたのが判った。
もう一押しだ。
「佐藤。口を開けなさい」
おずおずと開いた佐藤の口の中に、勃起していない俺のモノを咥えさせてやった。
「ちゃんと綺麗にするんだ」
「そうよ。女の気持ちを理解しなさい。彰雄様に歯を立てたりしたら承知しないわよ」
生まれて初めて男にしゃぶらせた感想は、とても淫靡などと云う感覚とはかけ離れていたが、何と言っても明日は帰国である。
今、何としても互いの立ち位置をはっきりさせておく必要があった。
佐藤は、マスクの中でくぐもった声で泣きながら、俺のモノを咥え続けた。
留美と恵子は時々、佐藤に打擲を加えながら俺を愛撫する。
俺のモノは見る間に佐藤の口の中で勃起し始め、それにつれて佐藤の鳴き声も切なさを帯びてくる。
次に俺は、仰向けに転がった佐藤の口に、四つん這いにさせた恵子の陰部を押し付け、その恵子のアナルを貫いた。
留美は、佐藤の陰茎をしごいてやりながら、陰嚢の皮の部分に針を刺し始める。

恐怖と快楽。
恥辱と解放。
調教の最も基本的な行為である。
佐藤は口に押し付けられた恵子の陰核に、必死で舌を這わせながらも登りつめていく。
「お前は誰のものだ?」
「あぁ、わたしは、わたし……は……。みなさま の……ものです。あぁ、るみさま……けいこさま……す……す……すどう……さま……」
最後の仕上げは相手に絶望を与え、諦めさせることだ。
「あぁ……逝きます。逝き……」
佐藤が留美の手によって放とうとした瞬間、俺も恵子のアナルから引き抜いた自分のものを佐藤の口にねじりこみ、「お前は俺のモノだ!」

――放った――。
「今度こそ零すなよ。一滴残らず飲み干すんだ。」

佐藤は嗚咽とともに――。
全てのものを飲み込んだ。




調教師14 ~第7章~ 1 跳躍 に続く~







調教師12 ~第6章~1 野心~

~第6章~ 
1 野心


奴隷はあれから恵子を除いて4人に増えた。
留美に至ってはすでに商品として出荷先も決まっているし、綾香もそろそろ考えて良い頃だ。
新しい2人に加え、更に入荷予定は着々と進んでおり、俺一人ではとてもではないが対応し切れるものではなく、恵子の存在は益々際立っていった。

一度、恵子を上の俺の部屋へ招待しようかと言ったことがあるのだが、「奴隷長が留守をして、ここを任せられる奴隷がまだいません。勿体無いお話ではございますが、今回は見送らせていただきたく存じます」と、頑として受け付けない。

恵子にとってはこここそ全てなのである。
それ以前の記憶はかなり曖昧らしく、ここから出るのが怖いのかも知れない。
しかしそれは、俺にとっても好都合だ。
精々利用させてもらうことにしよう。


あの日――。
ミクを文字通り切り刻んだ恵子は、死体の処分について自分から俺に提案してきた。
「出来れば生ごみとして出したいのですが、中々そうも行きません。私にお任せ願えますか?」

どこまで理解出来ているのかいないのか分からなかったが、充分に冷静な判断であると思い、任せてみた。
すると恵子は俺にいくつかの道具を注文し、全て自分で解決した。
まず、元はミクだった肉を出来るだけ細かく肉切り包丁で刻み、大きな骨付きの肉は鋸や牛刀で大雑把に切り分けた後、大鍋で長時間煮込んだ上、ハンマーで砕く等の、実に原始的な方法を用い、約1週間を掛けて、そのほとんどはトイレに流し、一部は生ごみと一緒に処分した。
その間、恵子は他の一切の作業をせず、そのことのみに専念し、常にニコニコと鼻歌混じりで、いつも以上に上機嫌であった。
だが、かなり大型の換気扇が常備されているとは言え、暫くの間は異様な匂いが消えなかったものだ。

他の奴隷はあの日依頼、俺と恵子に更なる恐怖心を覚えたようで、益々従順になり、留美などは回復するまでに暫く時間が掛かったものの、口が利けるようになってからは正に理想的な奴隷と化した。
ただ、時折何かのタイミングで涙や発汗が止まらなくなったり、気がつけばずっと爪を噛み続けていたりすることもあったが、それ以外は至って正常である。
俺はミクの処分について、山にでも埋めに行くか、専門の業者でも使わなければと考えていたのだが、この一件以来、恵子に完全な信頼を置くようになった。

あの日、恵子は俺が止めるまで、1~2時間にも亘り、その全身を真っ赤な鮮血で染めたまま、とっくに息絶えているミクのことをずっと刺し続けていた。
留美も綾香もとっくに失神しており、俺はいつの間にか射精していたようで、その後も意識を失った留美の中で狂ったように、2度、3度と続けざまに放っていたようだ。

全てが異常な夜であった――。
が、全てはあの夜以来好転していった。


「留美さん。貸し出される先のご主人様が失望なされないように、きちんと綺麗にしておかなくちゃね」
剃毛の際、恵子が鋏や剃刀を持ったとたん、また留美の異常発汗が始まったが、これもすぐに慣れるだろう。
留美は異常に発汗する際、涙も流し、何故か陰部も濡らす。
まるで体中の水分を全て搾り出すかように、止めど無く溢れさせるのだ。
その話を含め、留美のことを、元大臣であり、今でも与党のご意見番の一人と噂される佐藤と云う男の秘書に話したところ、佐藤本人が大層気に入った様子で、是非に――。との、先方からの要望があった。

まずは、あの7年――。いや、すでに8年前になった例の地下室で『お試し調教』と題し、見てもらった。
久しぶりに出る外の世界にも、留美はそう動揺を見せる事無く、移動中を含め、あくまで従順に従った。
佐藤を前に、俺が調教ライブの様なものを行い、少し休憩を挟んで、佐藤を交えてのコラボレーション調教に移り、少しずつ俺が引いていく――。と云うカタチだ。
そして最後には、俺は一人椅子に座り、煙草を燻らせ見ていたのだが、そこで一つの確信を得た。

この男――。
マゾだ。

それは、ふとした表情であり、間であり、直感と言っても差し支えのない程度のものではあったが、俺は確信した。

その日はそれで一旦終了し、後日また俺と佐藤が条件等を話し合う――と云うことで別れた。
留美には、今までにも軽い調教の基礎程度の事は教え込んでいたが、その日から少し本格的に責め方を学ばせた。
縛りはもちろん、鞭、蝋燭、針、etc……。
その後、話し合いは順調に進み、留美に飽きたり、気に入らなかった場合を考慮させ、レンタルと云うことで決まった。

実は、これは俺が提案したものであり、それは佐藤の性倒錯に原因がある。
自分で変態性癖の持ち主であることを自覚した場合、男であれば最初は7割以上の確率で自分はSであると認識する傾向がある。
ところが奉仕などと称して相手に責める事を強要している最中に逆転していく事が多々あるのだ。

と、ここまではよくある話だが、ここから先が少し難しい。
繰り返すが、人間はほとんどの場合、誰かに依存したがる生き物である。
自然と誰かに依存する機会の少ない立場の人間の方が、往々にして依存に餓えている場合があるのである。
だが、このような立場の人間は、ただ容姿が美しいだけの女などでは今更何のアドバンテージにもならならない。
過去に美人と言われる女など、それこそ掃いて捨てるほど見て、相手をしてきている。
まして自分の本当に望んでいる性倒錯を自ら理解出来ていない今の状況では尚更だ。
これは普通の男女関係においても同じであるが、いかに自然に、相手に自分のしたいことを受け入れさせるか?
特に今回のような場合は、最終的に相手に満足を与えることが目的であるから、やはり、突き詰めていけばサービスである。
そこで、最初は奴隷として接し、徐々に心が開いていくのを待ち、少しずつ依存させていく。
そして、これを機に佐藤を多少なりとも操れるようになれば、俺の力は今より飛躍的に強まる。
これには留美だけでは不安なので、やはり俺自身が管理した方が間違いないと判断し、今回はレンタルと云う方法を取ったのだ。


留美――。
俺に依存し、俺を絶対視し、俺に恐怖し、俺に従う――。
美しくも可愛い奴隷。
留美だけではない。
これらの奴隷を使い、俺はこれから大いにのし上がっていく。
大垣以外に興味のなかった俺が、SMに出会うことによって野心が芽生えた瞬間である。




2 野望

「いやー、須藤君。良かったよ。彼女は素晴らしい奴隷だ。今後も君とは長い付き合いになりそうだね。よろしく頼むよ」
多少は予期していたとはいえ、突然、佐藤本人からこれだけ上機嫌で電話がかかってくるとは正直思ってもみなかった。

「やはり佐藤様は乗ってこられました」
留美からの報告によるとこうだ。
佐藤に縛られ、鞭や蝋燭で責められ、最後に玩具を使われた後バスを使い、綺麗に身体の隅々まで洗わされ、ベッドで休憩していた時――。
俺に言われた通り佐藤に対し、「何事も経験と申します。一度、少しだけ逆も試してみられてはいかがでしょうか?」と、持ちかけ目隠しを承知させた。
目隠しを施し、愛撫を加えていると、やはり今までよりも格段に反応が良かったので、「M女の心境が見えますでしょ?」などと囁きながら、さりげなく両手を上に上げさせ、ベッドの支柱に縄で止めた。

そこからはっきりと反応が変わったそうだ。
佐藤は女のように左右に首を振り、はしたない声を挙げ、その言葉使いまでが変わっていったらしい。
初日にして指一本とはいえ、前立腺にまで進み射精に導いたというのだから上出来であろう。

その後、目隠しを取り、再び持ち上げて接してやった結果、上機嫌で帰っていったそうだ。
一度目はこれで良い。
決して失敗して良い相手ではないのだ。
放っておいても自ら跪き、靴を舐めるようにしていかなければならない。
最初が肝心なのは重々承知の上で、敢えて失敗しない方法をとる必要がある。

2度目も散々シミュレーションを重ね慎重に打ち合わせた。
その結果、S/M逆転してからは言葉を慎重に選びながらも上からモノを言う。
その上で時々、軽く爪を立てたり甘噛みを加え、顔面騎乗で顔に跨り息を止めたり、アナルまで舐めさせたりする。
そして最後はちゃんと手で導いてやると、まるで子供のように甘えてきたそうだ。

曰く、「死んだ母の若い頃の面影がある」とか「そんな目で見つめてくる女性は今までいなかった」などと言っているらしいが、どれもこれも、ただの言い訳に過ぎない。
が、それで自分を納得させられるのならいくらでも言い訳くらいさせてやれば良い。
2度目にして、すでにS3/M7位の割合になっているというのだから、後はもう一押し。
次回は一気に引っくり返すのも面白いかも知れない。

もちろん留美も、「女王様“役”がこんなに楽しいとは思いもしませんでした。やはり佐藤様だからこんなに楽しめるのですね」などと白々しいことも言っているわけだが……。

3度目はコートの下にボンデージを着て行かせた。
もちろんヒールの高いブーツにガーター・ベルトも組み合わせて。
ベタな女王様ファッションだが、見た目と云うのは案外大事なものだ。

そしてここで、佐藤のM性は見事に開花した。
留美を様付けで呼びたがり、時間があれば脚に抱きつき頬を擦り付けてきたという。
「留美様。私がこうして留美様にお仕えしていることは、他の者には……」
「分かってるわよ。貴方は私だけのわんちゃん。これは私と貴方だけの秘密」


「テーブルが動いたりしたら、灯りが倒れるじゃないか」
俺の前に、裸で四つん這いの姿勢を保ち、背中に蝋燭を立てられ、灰皿やタバコなどを置かれたテーブルになりながら、留美は一日の報告をする。
「3回目でそこまで行くとはな。よし、そのうち機会を見て、もう一人誘ってみようかと持ちかけてやれ」
「はい。かしこまりました。彰雄様」


佐藤のもたらす情報は的確で優秀であった。
紹介される人材もまた優秀で、特に優れていたのが、不動産と株である。
とは言え、もちろんマージンは佐藤にも入る。
佐藤からすれば、今まで誰かに振っていた仕事の先を俺に振り替えただけのことであり、何ら変わるものではない。
そうしているうちに、F企画のみならず、加藤興業の中でも俺のポストはみるみる上がっていった。
ヤクザに関わらず、組織の中の地位を決めるものは金である。
ヤクザだろうが、サラリーマンだろうが、要は組織に金を多く運んできたものの勝ちだ。

大垣――。
こいつの存在を忘れたことなど今まで一度として無い。
だが、京子を失って8年。
更に恵子と云う存在を手に入れたことによって、俺は今までのテンションを保てなくなっていた。
本当ならそれはそれで良いのかも知れない。
しかし、俺は今ひとつ納得がいかなかった。

それは、俺が俺であるために――。
冬木は昔から俺に対して本当に善くしてくれた。
F企画を立ち上げる際、俺の特性を見込んで加藤に進言してくれたのもやはり冬木だ。
冬木にはいくら感謝しても、し足りないくらいの気持ちがある。
しかし、最初の頃こそ、大垣の名前を出せば「探してやる」などと言っていた冬木も、最近ではそんなことを言い出せる雰囲気ではなくなってきつつある。
それは当然のことだろう。
8年も前の事件に掛かりきっていられるほど、ヤクザと云うのは暇な職業ではない。
組織に属している限り、それは仕方の無いことなのだ。
それならば――。
組織を作るしかない。
今の冬木のように、加藤興業に属していながらでも、独立した組織を自分で作れば良いのである――。


「佐藤様。俺にもっと力があれば、更に素晴らしい世界をお見せ出来るんでしょうが……」
事ある毎に俺は佐藤に擦り寄る。
佐藤クラスになれば、そんな言葉の本当の意味など当然理解している。
判った上で、それが佐藤にとっても魅力的かどうか――。
大事なことはそれだけだ。

そして、俺は佐藤にとっての極上の時間を提供してやることが出来る。
俺は俺であり続けなければならなかった。
俺から生き様を除けば、ただのチンケな女垂らしが残るだけだ。
金があろうと、力があろうと、俺が俺でい続けない限り生きてはいけない。

「次は女性2人ってのはどうですか?」
「今度は留美とM女2人と、更に私が一緒に行くのも楽しそうです」
「留美は佐藤様にベタ惚れですからね。留美を私が縛って、その前で佐藤様が他の女と絡んだりしたら、留美の新しい顔が見れるような気がしませんか?」
「留美はね……」
「佐藤様なら……」
「佐藤様にだけ……」
「佐藤様……」
「佐藤様……」

そして――。
「佐藤様。T国の地下で行われている非合法な究極のSMショーと云うのがあって、どうやらそれに参加出来そうなんですが、留美と一緒に行かれませんか? もちろん私もご一緒させていただきますし……」
「本当かね? それは……しかし、大丈夫なのかね?」
「全てお任せください。向こうの官憲にも話は通っていますし、向こうでのアリバイ創りも完璧です。表向きは、うちと何の関りもないパルプを扱っている会社の招待を受けて、現地の視察と云う名目になっております」
「留美も一緒なのだな。君は誰を連れていくつもりだ?」
「佐藤様にはまだ会って頂いたことのない者を……うちの奴隷長で、恵子と云う女を連れて行こうと思っています」




3 贅沢

代議士――。
しかも大臣を経験しているだけあって、あれだけ出発前までは慎重に煩く安全の確保を喚き続けた佐藤は、いざ出発ともなると、実に堂々としていた。

T国はアジアの貧しい国だ。
ここでは日本円にしてたかが50万程度の金で殺人ショーが行われている。
借金のカタに連れて来られたが売り物にならない人間や、組織を裏切ったり、逃げた者たちの最後の使い道として、秘密ではあるが半ば公然と噂され、時々外国のモノズキ共が参加したりするのである。
だが、もちろん、俺達はそんなヤバい橋を渡るようなことはしない。
俺が今回用意した金は現地での滞在費も合わせてだが500万ほどである。
足りなければ更に用意出来るとも言ってある。

たかが500。
男女4人が現地に1週間――。
ファーストクラスで飛び、贅を尽くした滞在をし、最後には殺人まで行われることを考慮すると、欧米諸国なんかでは、とてもではないがありえない金額と言えよう。

映画にもなった世界的に有名な急行列車に乗り、宿泊は一軒家を2棟。
1階にダイニングとリビングとシャワーとプライベート・ルームがあり、2階にはベッド・ルームとバルコニーと、屋内シャワーにジャグジー付きの屋外風呂まであって、風呂に浸かりながらT国の豊穣な海や満天の星空を眺めることが出来る。

恵子や留美にとっては、本当に久しぶりの屋外での自由行動だ。
スパや観光を存分に楽しませた。
いや、楽しませようとしたのだが、2日目も終わろうという段階になり、恵子は、「こんな贅沢を頂いて、何とお礼を申していいかわかりません。ですが、私、これ以上は息が詰まってしまいます。どうか彰雄様のお世話に専念させていただくわけには参りませんでしょうか」などと言ってきた。
俺には、途中の恵子の様子を見ていて充分予測が出来ていたのだが、佐藤にとっては相当なカルチャー・ショックだったらしい。
「須藤君には私からもお願いしてあげる。せっかく来たんだから遠慮することはないよ。もっと楽しみなさい」
「いいえ。本当にありがたいお言葉なのですが、私は、日本での職務を放棄して、自分だけ楽しむことなど出来ない不躾者でございます。どうかこの地においても、自分の職務を真っ当させては頂けませんでしょうか」

半ば感心し、半ば呆れ気味の佐藤を説得し、2組に分かれることで話は決まった。
留美は佐藤と共に連日スパや観光を楽しみ、俺と恵子も時々は外出したが、基本的には屋内にいる時間が長かった。
何と言おうが、恵子にとっても俺と2人きりになる時間など本当に久しぶりの事だ。
地下室では奴隷長であり、俺の手伝いをする事がほとんどで、恵子自身を構ってやることなど、最近では全くと言っていいほどなかった。

「これこそ恵子にとりましては最高の贅沢でございます」
ベッドに横になった俺に、たっぷりと時間をかけたマッサージを施しながら恵子が言う。
――そろそろ処女を奪ってやっても良いのかも知れない――。

思わずそんな感情まで湧いたことに、俺自身が一番驚いた。

だめだ。
マゾヒズムの基本の一つは依存とコンプレックスである。
それは、コンプレックスに起因する依存と置き換えても良い。
要因は常に一つなどではなく、いくつもが複雑に絡み合って構成されており、一つくらいのコンプレックスを取り除いたくらいでは、大した変化は現れないかもしれない。
しかし、恵子自身が語った言葉にその全ての答えが凝縮されていたように思う。

「本当に、このような機会に恵子のような者をお選びいただいて、何とお礼を申し上げてよいやら……」
「お前は奴隷長として、本当に良くやっている。しかし他の者達への示しの問題も含めて、お前に感謝の気持ちを贈ろうと思ったらこういう形でしか出来ない」
「勿体無いお言葉でございます。しかし、本当に私などではなく、もっと、こう……何と申しますか……。他の……例えばその……何でも出来る他の奴隷でも良いのに、わざわざ私などをお選びくださって……」
やはり恵子はまだまだ処女でいる必要がありそうだ。


その日、俺は久しぶりに――。
本当に久しぶりに恵子に縄を掛けてやった。
その肌に縄が触れたとたん、いつもニコニコと愛想の良い顔しか出来ない恵子が、静かに涙を流し始めた。
天井の梁に吊り下げられ、鞭を入れる頃になると、いつしかそれは号泣に変わっていった。

もっとだ。
もっと開放しろ。
ここで全てを吐き出し、それを俺に喰わせろ。

打擲は吊りから解放されてもまだ続き、それは1時間以上にも及んだ。
縛ったまま座らせ、胸のあたりから天井の梁へと、一本縄で固定し、後ろから抱きかかえて、そっと針を刺した。
針は良い。
痛みそのものは、クリトリスなどを除けば鞭の比ではない。
しかし、生物の本能として、体内に異物を挿入されると言うのは根源的な恐怖感がある。
注射などの場合は、それを必然性と云う自分に対する言い訳で取り繕いねじ伏せているわけだが、SMにおけるそれは、愛や信頼や忠誠心などという非常に脆いもので無理矢理に補わなければならない。

そこに醍醐味がある。
主は従に対して、忠誠心を試す機会であり、また、同時に己の主としてのあり方の正否を判定されてしまう機会でもある。
逆に従は、主に対する忠誠心を示す機会であり、同時に己の主に対する気持ちが本物なのか、たんなる憧れのようなものなのか、自己診断させられる機会である。

キャップから外したばかりの20Gの針を、ゆっくりと目の前に横切らせる。
先端恐怖症の人間でなくとも怖い。
その恐怖を無理矢理ねじ伏せる。
腕から始まり、太腿、乳首、そしてラビアを経てクリトリスへ――。
一針、一針想いを込めて。
刺した針を軽く指で摘まみ、そっとダイアルのように回してみる。
小さな傷の中で針が回転を始める瞬間、恵子の身体がピクっと反応する。
少し、抜く方向に引っ張り、再び深く押し込んでいく。
ほんの少し流れた血を舌ですくい、その血を舌に乗せたまま接吻ける。
針を優しく捻りながら、絡めた舌と舌に恵子の血の味が滲む。
クリトリスの針を捻っていると、恵子は確認の必要がないほどに夥しく股間から溢れさせ、口からは涎を垂れ流しながら、白目を剥いて失神していた。

その後、身体に刺さった全ての針を抜き、傷口を丁寧に消毒し、剃刀を近くに置いた後、強く頬を張り、接吻をして起こしてやった。
舌を絡ませたまま、焦点の合わない目を薄めに開き、目を覚ました恵子から唇を離した。
次に右掌を取り、剃刀でそっと縦に線を引く。
まだ、意識のはっきりしない恵子の目が突然見開かれたとき、その右掌に描かれた薄いピンク色の裂け目からは、小さな血の粒が浮き上がってきた。
その粒は見る見る間に一本の線となり、更に一匹の蛇のようにのたうち、恵子の手首を伝って肘のあたりで一旦鎌首を持ち上げ、そこから伸びた舌は床に落ち、小さく弾けた。
1滴、2滴と自らの肘から滴る血を眺める恵子の横で、俺は自分の左掌に剃刀を当て、スっ――と、横に引いた。
少し右下がりに開いた傷跡からは、同じように、血の粒がやがて赤い蛇となって流れ出し、床で弾ける。
驚愕の表情で俺を見つめる恵子から唇を離し、恵子の右掌と自分の左掌を合わせ、指を絡ませ合い、互いに絡み合った2匹の蛇の2つに分かれた内の1つ――。
恵子の腕に這う蛇を下から舐め上げた。
恵子はやはり俺と同じように、俺の腕に這う蛇を下から舐め上げていく。
互いに、離れた肘から絡ませた掌まで舐め上げていき、血にまみれた頬が摺りあわされた頃、そのまま互いの血まみれの舌を――。

顔を――。
耳を――。
眼球を――。

そして再び唇を舐めあい、舌を絡ませあった。


その夜、俺と恵子は、合わせた掌から肘にかけての間を麻縄で縛りつけ、抱き合ったまま朝まで眠った――。







調教師13 ~第6章~4 信用~ に続く






プロフィール

堂山鉄心

Author:堂山鉄心
大阪府出身。 大阪を中心にSM活動を広げてきたが、ARCADIA TOKYOの出店に伴い、その活動の拠点を東京に移し活躍中。

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