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新宿歌舞伎町のSMバー【ARCADIA TOKYO】経営の他、各種イベントなどでも活躍する堂山鉄心の(めったに更新されない)ブログ。

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調教師 6 ~第3章~ 4 再開 ~

4 再会

少し意識がはっきりしてきた俺は、強烈な飢餓感と戦った。
シャブってヤツか、これが――。
胸や腕、いや、体中から、肉がごっそりと削げ落ちていた。

「どーだ? 随分意識もはっきりしてきただろ?」
金本が嗤う。
「喜べ、先週オヤジが意識を取り戻した。お前のことを話したらな、喜んでたよ。んでな、正気に戻せってのもオヤジの指示だ。センセイに頼んでな、出来るだけ苦痛の少ない方法で、出来るだけ早く、正気に戻してもらったんだ。感謝しろ」

――花井――。
俺の中で凶暴な何かが膨らむ。
「後2週間もすれば、こっちにも来れるそうだ。普通なら1ヶ月は退院出来ないとこだけどな。で、その間お前のことを楽しませておけ……ってことだ。 でな、今日はお前のためにスペシャル・ゲストを連れてきてやったぞ。 おい。入れ」
入り口から一人の男がニヤニヤ笑いながら入って来た。
そんな……ありえない。
「よぉ。元気か」
「おおがきっ! 何でてめぇーがここにいるっ!」

それは、俺が1年の時に皆の前で殴り倒した、当時3年だった大垣に間違いなかった。
「おい。久しぶりに会うOBに対する態度じゃねーだろ。それ」
口元はニヤニヤ笑っているが目は笑ってない。

顔が変わった――。
何と表現して良いのか分からない。軽薄そうな顔は相変わらずだが、何か――。
そう、愛嬌と云うか、人間らしさのようなものが抜け落ちて、凶相と言って良い顔になっていた。

「いいざまだな。アキ。てめぇーが人生狂せた男に、鉄格子の外から眺められる気分ってのを教えてくれ」
「何でてめぇーがここにいんだよ。大垣」
「俺はな、アキ、てめぇーに殴られてからこっち、女には相手されねぇ、男からはバカにされるでどうしようもねーんだよ。そのせいで大学も落ちた。てめぇーにケジメだけは取らせるからな」
「何のケジメだっ!」
言ったとたん、頭に血が上りすぎたのか、いきなり膝をついた。
「ひゃははは。今なら片手でも勝てそうだな。しかも自分のカッコをよく見てみろ。 素っ裸で凄まれても笑っちまうだけだぞ」
思い出した。
俺は全裸で、しかも2~3日に一度、檻の外からホースで水を掛けられる以外、風呂にも入らず薄汚れた体で大垣の前に跪いている。
屈辱に心が震えた。
しかし……何故、こいつがここに。
「お前を生かすも殺すも俺ら次第なんだ。 しかしな、殺さんぞ。 一生掛けてでもケジメ取り続けてやる。てめぇーには死ぬより辛い生き方をさせてやるよ」

だめだ。力が入らない。
ちょっと大声出しただけでこのざまだ。
――メシを食え――。
そうか……こう云うことか。


それからの二週間、俺は懸命に回復に向けて出来ることをした。
頼みに頼んで、メシの量はほんの少しだけ増やしてもらったが、それでもまだ充分とは言えない。
少ないメシを少しでも吸収しようと、口の中で完全に原型が無くなり、どろどろになるまで噛んだ。
人のいない間に、腕立て伏せや腹筋やスクワット等を懸命にやった。
だが、驚く――。というより、呆れるほどの回数しか出来ない。
腕立て伏せなど、10回程度で腕が痙攣し、それ以上はどうにもならなかった。

しかし、そんなことよりも一番の問題は気力だ。
一日中、こうしてずっと物事をポジティブに考えていられる訳ではない。
こめかみの血管が破れそうなくらい頑張って、やっと10回腕立て伏せを終えると、次にするべき腹筋が出来ないのだ。

大垣の顔を思い浮かべ。
金本の顔を思い浮かべ。
花井の顔を思い浮かべ。
そして京子の顔を思い浮かべる。
それは、自分で自分の心臓を掻き毟り、そこに塩を擂り込むような行為だったが、それだけのことをして、やっとこれだけのことが出来るようになってきた。

――なぜ、大垣が――。
その意味するところを考えた。時間だけは死ぬ程あったが、いくら考えても分からない。
ここの誰かと大垣がたまたま知り合いだったのだろう。
その程度のことしか思い浮かばない。
しかし、知り合いとはいえ、高校生一人拉致っているヤクザが、部外者に軽々しく喋ることも、その教えられた知り合いを現場に招き入れることも考えられなかった。
しかもヤツは「俺ら――」と言った。
いくら考えても同じところをぐるぐる回るだけだ。
しかし、考えることの他にすることがない俺は、いつまでも考え続けた。


――そして二週間後――。
答えは向こうからやって来た。



5 絶望

「会いたかったぞ。秋彦ちゃん。俺が誰だか……覚えてるよな」
久しぶりに見る花井は、車椅子に乗り、頭を坊主にし、随分痩せていて、一瞬誰なのか判らないくらいだった。
少しもつれる様な喋り方に変わり、俺の頭の中で、常に尊大に反り返っていたパンチパーマのデブはどこにもいなかった。
「メシは美味かったか? 残飯などは食わせてないはずだ。たっぷり食ったか? たっぷり食って、今日もトレーニングに励まなきゃならないもんな」

知られていた!
カメラか?
「そんなに驚く事もないだろ。これだけの施設だ。監視カメラ位無い方がおかしい。そう思わんか? いやいや……気にするな。お前がクソするとこ見て興奮するような輩はここにはいない」
なっ!
引きつったような薄ら笑いを浮かべ花井が続ける。
「人の恋路の邪魔などするから、こういう目に会う。お前はこれから、生まれて来なければ良かったと思うほどの後悔を味わうんだ。 おい」
声をかけられて大垣とヒロシが入ってきた。
無造作に檻の鍵を開けると、2人がかりで俺の両手を後ろに回し、手錠を掛ける。
俺は必死で抵抗を試みるが、全く適わない。

こんなにも力が――。
最後に、プラスティックのボールに紐を通したようなものを口に咥えさせられる頃になると、抵抗する気力もすっかり萎えていた。
足りない。もっと筋力を回復しなければ――。

「終わったか?」
金本が、全裸に首輪を付けられ項垂れた、がりがりに痩せ細った女を連れて入ってきた。
蒼ざめた俺の前で女の髪を掴み、顔を上げさせる。
「随分前に約束したな。お待ちかねの……京子ちゃんだ」
きょう……こ……?

そこには、やつれて、アバラの浮いた枯れ木のように細い女が立っていた。
きょうこだと?
これが――。俺の京子だと?
あの、弾けそうな胸は面影もなく、瑞々しい肌は全身に亘って痣だらけで、痩せてシワが寄って垂れ下がり、頬はこけ、両目は落ち窪み、歯は何本か欠けていた。
しかし、欠けた歯の隙間から空気の漏れるような聞き取りにくい言葉で――。
……あ き ひ こ ぉ……
確かに聞こえた――。

京子っ!
ゴルフボールを咥えさせられたままで叫んだ。
それは、所詮くぐもった唸りにしか聞こえなかったろうが、声を限りに叫んだ。
京子っ!
突然腹を殴られ息が詰まった。
「せっかくの再会に水を差して悪りぃが、ちょっと静かにしとけ。この女はな、残念だが、お前の事を判って呼んでるんじゃねぇ。 男と見れば、誰彼無しに『あきひこー あきひこー』だ。すっかり頭のネジが飛んじまってな。メシは食わねぇし、もう使い物にはならねぇ。 しょうがねぇから、最初は若いモンの玩具にしてたんだが、最近は誰も乗りたがらなくてよ。ま、ヒロシくらいなもんだ。 物好きは」
「ちょっと待ってくださいよ。俺だって別に……」
「良いんだよ。冗談なんだから本気で言い訳しなくても」
そして花井が静かに言った。
「そろそろ良いだろ。大垣、説明してやれや」
大垣は滔々と語り始めた。
「俺はな、お前にやられてから、散々な目に……あ、これは前に言ったな。それからお前の事を調べた。お前は全てを持ってるクセに俺から全てを奪った。あんな、チームの和を乱すようなことをしたお前を、あの学校は使い続けた。そんなことを俺が許せるはずが無いだろ? 例えマスコミの『日本の将来を担う』なんて過大評価に踊らされていたとしても――だ。次に俺はお前がいつも連れてるチャラチャラした女を調べた。こいつだな。京子の働いてる店を調べ、友達関係を調べた。そのうち京子が将来に不安を感じてるらしい事を聞きつけた」

その汚ぇ口で京子の名前を語るな!

「お前は、サッカー以外には何の取り柄もないただのバカだ。そんなお前に自分の将来なんて託せる訳がない。京子はな、女優になりたかったんだとよ。バカだねぇ……。この女も。少しくらい綺麗だってだけで、女優なんて誰でもなれる訳ねぇじゃねぇか。それで俺が従兄弟の金本さんに相談したんだ」

従兄弟?
「身寄りがなくて頭の悪ぃ、一人暮らしの綺麗な女がいます。ってな」

金本が引き継いだ。
「こいつから話聞いて、俺らは俺らで調べた。確かに奮いつきたくなるような良い女だ。しかも、ウチは本当に芸能プロダクションもやってる。ま、AV専門だがな。で、オヤジには俺から話した」
 
花井が続けて、「さゆりの……あ、本名は京子だったな。俺は京子の勤めているクラブに通ったわけだ。つまり元手が掛かってるんだ。良いか? お前なんかが何年働こうが、一生飲みになんぞ行けない高級クラブに通って、やっと手に入れたんだ。それがこれからって時に壊れちまったんじゃ、大損だ。せめてお前らで俺を楽しませろ」
「………………」
「お前の苦しみこそが俺の喜びだ。せいぜいこの売女の変わりに、俺を楽しませてくれ」

……あきひこぉ……
相変わらず京子は呟いているが、その目は何も見てはいない。
「どうだ? 愛しの京子ちゃんと麗しの再会だ。抱いてやったらどうだ?」
「おら来い、京子」

大垣が、檻の中に京子を鎖で引っ張って入ってくる。
や め ろ 。
「ほら、京子。跪いて秋彦ちゃんのを、しゃぶってやれ」
やめろ――。 やめろ!

目一杯抵抗する俺に金本が言う。
「誰も抱いてくれないんだ。お前くらい抱いてやってもいいだろ。それともアレか? やっぱり、綺麗な京子ちゃんなら喜んで抱くが、こんな薄汚くなったら、もう、抱きたくねぇか?」

………………。
違う! そうじゃない。
――本当に?
ヤツらの言いなりになりたくないだけだ!
――本当にそう言い切れるのか?

動きの止まった俺の前に京子が跪く。
……あきひこぉ……
微かに――。
気のせいか微かに微笑んだように見えた。
あぁ、京子――。
すまない。
ほんの一瞬でもお前を哀れんだ俺を許してくれ――。

京子は狂ったようにしゃぶった。
音をたて、涎を垂れ流し、一心不乱にしゃぶり続けた。
そして、俺は――。
俺は――。
あ……
……ぁあああああっ!

「あはははは……若いってのはいいなぁ、金本。こんな状況でもちゃんと逝けんじゃねぇか」
喉を鳴らして、一滴残らず飲み下す京子を横目に、花井が続ける。
「どうだ? 芸能界デビューをチラつかせただけで、自分から他人に股を開いてきたような彼女に抜いてもらった感想は?」

――え?。
 
嘘だ。
京子が自分からなんて。
嘘――だ。

「まだ信じられないようだな。現実はちゃんと受け止める必要がある。金本、アレ見せといてやれ」
「おい、アレ持って来い」
頷くと、ヒロシに向かって顎を振りながら命じた。
「さ、引き上げだ。京子を置いて帰ってもいいが、ヒロシのダッチワイフを取り上げちゃ可哀想だからな。また、連れてきてやるよ」


檻にもたれて、射精した状態のまま、股間も拭かずに立ち尽くす俺の拘束を解き、全員が引き上げた後で、再びヒロシだけが戻ってきて、檻のすぐ外にあるテレビにビデオをセットし始めた。
「別に、俺だけがヤってるとか嘘だからな」
怒ったように言い放つと、ビデオを再生し、部屋を出て行った――。

俺は、漸くずるずると檻伝いに、くず折れるように腰を落とし、何も考えられない頭で――。
――メシを食え。メシだけは食え――。

言葉は一切の意味を持たず、ただの音として、頭の中で繰り返し繰り返し響いていた。



 6 苦痛

――まさか――。
ビデオの中の女が京子で、その相手が花井だと気付いたのは、ヤツらが出て行ってから1時間以上も経ってからのことだろう。

判った瞬間目を閉じた。
耳を両掌で塞ぎ、肘で膝を抱えて蹲った。
目は塞げても耳を完全に塞ぐことは出来ない。

やめろ。
消してくれ――。
やめろ。

カメラで視られている事も忘れ、俺は子供のように怯えた。
ビデオは繰り返し繰り返し同じものがリピートされ、決して終わることがなかった。

――狂う――。
いや、狂えるものなら狂ってしまいたかった。
シャブが欲しい。
あの冷たく清々しい液体を渇望した。
ヤツらが俺にシャブに与え、その後取り上げた理由が今分かった。

――と、その時――。
「おい、何を沈んでやがんだ。メシは食ってるのか?」
加藤とか、言うヤツだ。
「ビデオを……ビデオを止めてくれ……」
「ダメだ。俺は、カメラの録画テープの交換の合間にここに来てるだけだ。時間がない。手短に言うぞ。ここから逃がしてやる。だが、今じゃない。今はタイミングを見てる。その時、花井と金本を殺る。手伝え」
「ビデオを……」
「お前が必要なんだ。しっかりしろ」
「ビデオが……」
「……ちっ、分かった。また来る。メシを食い、体を鍛えるのを怠るな。復讐するんだ。あいつらに」
それだけを言うと加藤はまた。出ていった。


――復讐――。

そうか――。
わざわざ観ることはしないが、もう耳は塞がなかった。

復讐?
俺が必要?
そうだ。復讐だ!
京子をあんなにしたヤツらに復讐するんだ。
俺の人生を奪ったヤツらに復讐するんだ。
そのためにはメシを食い、体を鍛えて、どんな屈辱にも耐えてやる。
 
加藤――。
あいつのことを信用など出来る訳は無いが、他に方法がないと言うのならば仕方がない。
敵とでも組む。
目的を果たす。
ビデオを観た――。
それが行動のバネになるのなら何でも利用しようと思った。
苦痛を感じなくなるまで現実を受け止めて、バネをたわめる――。


ヤツらは毎日京子を連れてきた。
1時間ほど京子に俺をしゃぶらせ、下卑た笑いを残して去っていく。
俺は屈辱に身を焦がしながらも、それに耐えた。
今はバネをたわめる時だ。
腕立て伏せを連続で30回まで出来るようになった。
次の腹筋に移れないときはビデオを観る。
花井のモノを咥えて、上目遣いにカメラを見る京子の、媚を含んだ顔を観て、それをパワーに変える。
スクワットで腿が震えだしたら、夢見る京子を嘲笑う、花井の顔を見て立ち上がる。

カメラで視られているはずだ。
構わない。
が、次にヤツらと絡むことがあったら、力を抜いて抵抗し、少しでも油断をさせる。
ヤツらは臆病で狡猾なハイエナだ。
決して侮ってはいけない。
もう、シャブは欲しくなかった。
ここで負けたらヤツらの思う壺だ。
ここで苦しんだり悲しんだり、シャブを欲しがったりしたら、ヤツらを喜ばせるだけだ。
耐えろ。
今、耐えるんだ。
そして動け。
バネをたわめろ!

何をしても体が動かなくなったら、じっくりビデオを観た。
おかげでセリフも何も全て覚えたくらいだ。
それは、傷口に自ら、何度も、何度も塩を擦り込む行為であった。
唇を千切らんばかりに噛み締め、両手の爪が掌に食い込み、皮膚を突き破るほど強く握り締め、血の涙が噴き出すほど目を見開いて、それら全てをパワーに変えた。

ヤツらの言う通り、京子は自ら花井に抱かれたようだ。
騙されたとはいえ、芸能界を仄めかされ、自分の将来の女優としての在り方まで、冗談半分で花井に語ってみせていた。
花井のモノに唇を被せ、自らそれを手に持ち、上に乗って腰を沈めた。
大声でよがり、髪を振り乱し、明らかに演技などではなく達していた。
犬のように四つん這いになり、後ろから貫かれた状態で尻を叩かれ、髪の毛を摑まれ、顔にかけられた後も、自分から擦り寄っていった。
一部始終をノーカットで撮っていたため、その後の会話も全て入っており、尻を叩かれて我を忘れた経緯なども、本人の口から語られた。
事の発端が、怪我でもしたら終わりと云う、将来の不安定な俺のサポートのつもりだったのか、それとも自分自身の夢のためだったのかは分からないが、起きた事実だけは変えようがなかった。

そして俺は心を無くしていった。
それは少しずつ……
少しずつ……。
掌にすくった砂が静かにこぼれていくように――。
少しずつ――。
少しずつ失われていった。
声を荒げる事も、感情を高ぶらせる事も無く。
俺は静かに、涙と共に、京子との思い出を流していった。
 
力が――。
力が欲しい。
静かに。
だが断固として――。
 
力が欲しかった。



調教師 7 ~第3章~ 7 決断 ~ に続く


調教師 5 ~第3章~ 1 拉致 ~ 3 朦朧

~第3章~ 
1 拉致

――煩せぇ――。

頭の中で鐘を鳴らされているように、大きな音がガンガンと響く。
真っ暗だ。
何も見えない。
ただ、気が狂いそうな位に大音量で鐘が鳴る。
動こうとすると頭が割れるように痛み、手足は何かで縛られているかのように全く動かない。
一定のリズムを刻む何かの音が煩い……。

………………。

――俺は生きているのか――。

………………。

――朧気ながら、何度も目を覚ましたり、気を失ったりを繰り返したような気はする――。

………………。



現実感の希薄な何度目かの目覚めの後、やっと現状が認識出来てきた。
どうやら俺は、誰かに抱えられて、手足の拘束を外されているようだ。
目が見えないのは目隠しのようなものを被されているらしい――。とは分かったが、どのみち目蓋を動かすだけの気力もない。
拘束されている何かを外されるたびに――。
ごりごりに固まった関節を動かされるたびに――。
まるで感覚の無かった手足に熱く熱せられた温度を伴い、恐ろしい勢いで血が流れていくのがはっきりと分かった。

「おい、起きてんのか?」
目隠しを外されたようだ。
何かを答えようとしたのだが、まだ朦朧とした意識は混濁したままであり、口を開きかけたまま、思考が止まった。
「まだ無理だよ。暫くそのままにして……。お前2~3時間見張っとけ」
「2~3時間すか? それくらいで誰か交代してくれるんすか?」
「2~3時間で俺が来てやるよ。その間お前目離すなよ。 何かあったら、加藤さんどころの騒ぎじゃねぇぞ」

――加藤……誰だっけ……加藤――。

………………。

「兄ぃちゃん。いい加減、そろそろ起きろや」
上体を起こされ、両手に手錠を掛けられ、その手錠を更にどこかに掛けられた状態で、ようやく俺は目を覚ました。

「起きたか?  起きたな? センセイの話じゃそろそろ話せる位には回復してるそうだからな」
「暴れんなよ。暴れたら手錠が余計に食い込んでめんどくせぇことになるだけだからな」

少しずつ意識がはっきりしてきた。
ここはどこだ?
京子は?
京子っ!

飛び起きた!
「京子ぉっ!」
足がもつれ、腕が何かに引っ張られて引っ繰り返った。
――そうか――。
手錠がベッドに。
「暴れんじゃねぇって、さっきから言ってんだろうがっ!」
背中を蹴られた。
何発も。
何発も。
しかし、蹴られている背中よりも、むしろ立ち上がった時の割れるような頭痛と、両手に食い込む手錠の方がよっぽど辛かった。
「俺もずっとここにカンヅメでいい加減イライラしてんだ! 殺すぞ。このガキがっ!」
体中に力が入らない。
俺は灼熱のアスファルトに焼かれてのたうつ哀れなミミズのように、ただみっともなく体をくねらせた。
「おい。頭は止めとけよ。殺したらお前……沈められっぞ」
それまで狂ったように蹴り続けていた脚が、それで、ハッとしたかのように引っ込んだ。
「大人しくしとけよ。ぼけ」

どうやら足にも手錠のようなものが着けられているらしい。
両腕に嵌められた手錠は、真ん中から鎖が三叉に分かれており、その一方が打ちっ放しのコンクリート剥き出しの床に固定されている簡易ベッドの支柱に繋がれている。
――そして――。
俺は全裸に剥かれていた。
体には手錠・足錠以外何をも身に纏ってはいなかった。

そこは見たこともないような異様な空間だった。
広さにすれば2~30畳は有るだろうか?
床も、壁も、天井も――。
全て剥き出しのコンクリートで出来ていて、窓は無く、部屋の真ん中辺りには俺の繋がれているベッドがあり、隅の方には、猛獣でも飼えそうなデカい檻があり、その中にも簡易ベッドと便器があった。
壁には、様々な見たことも無い道具や、十字架のような貼り付け台――。だろうか?
とにかく、俺の見たことの無いもので溢れていた。



2 監禁

「こいつはダメだ。手錠は革のヤツに交換しとけ」
右手を外され、左手を外そうとした時、「おい、前にも言っただろうが! 右手外したらその右手に次の手錠掛けて、左手外したらすぐに左手も掛ける。両手一緒に外すんじゃねぇ」
「あ、すんません。でもこいつ……」
「おい、ヒロシぃ、また言い訳かぁ?」
「いえ、何も無いっす。すんません」

ヒロシと呼ばれた坊主頭は、俺と大して変わらない年に見えた。
キレやすく、すぐ言い訳をする、典型的な頭の悪いヤツだ。
そのヒロシが手錠を交換する。ヒロシの横に、少しは賢そうに見える兄貴分が、特殊警棒を構えて立っていた。
大した警戒のしようだ。
右手に新しい革の手錠が嵌められ、左の手錠が外れた瞬間、俺の拳はヒロシの顔面を捉えていた。
ヒロシが口から唾を吐いて仰向けに転がる。
同時に俺も首の付け根を強く叩かれていた。
さっきの警棒だ。
自然と首が後ろに反る。
上から楽しそうに見下ろしている兄貴分。
再び飛び掛ろうとするが、途端に、容赦なく警棒が振り下ろされる。
兄貴分は倒れたヒロシの方を見ようとさえしない。
――こいつを何とかしなければ――。
「ヒロシ。仕返しは後だ。手錠を掛けろ」
ヒロシは目を真っ赤に充血させ、今にも噛み付きそうな顔で俺を見ながら手錠を掛けなおした。
冷静にならなければいけないことを悟った。
何をするにせよ、考えるにせよ、この状況を抜け出さない事には何も出来ない。
頭の中では今でも京子が花井の汚らしいモノを咥えさせられていたが、とにかく今は何も出来はしない。

「どーだ冬木? 狂犬は起きたか?」
妙に間延びした声で、いかにもヤクザと云う、花井を一回り若くしたような男が、神経質そうな銀縁眼鏡の男を連れて入ってきた。
「はい。加藤さんの言ってた通りの狂犬ですわ」

入ってきた男は「加藤さん」と云う言葉に一瞬嫌な顔をしたが、冬木と呼ばれた男は気にも掛けていない様子だった。
「金本さん! どうしてもこいつヤっちゃマズいっすか!」 
「バカな! 今殴ったりしたら本当に死んでしまうぞ」
突然、それまで黙って、せかせかと鞄の中身を探っていた銀縁眼鏡が、ヒロシの目を見ずに怒鳴りつけた。
「ヒロシぃ。死んだらお前ぇの片腕じゃ合わねぇんだぞ。それでもヤりてぇか?」
金本は静かに恫喝すると、「んじゃ、センセイ頼むわ」と、銀縁眼鏡に声を掛け、俺の方へと視線を寄越した。
「兄ぃちゃん。本当にエラいことしてくれたな」
「金本さん。拘束衣用意出来ませんか?」
「ん? そりゃ出来ないこともないが、そんなにヤバいのか?」
「頭殴れないんじゃ、こいつ押さえつけとくのはこの先骨が折れますね。さっきもヒロシが殴られましたし」
「わかった。すぐに用意させる」
 銀縁眼鏡は一切会話には参加せず、俺の腕をとり、血圧を測り、瞼をこじ開け、目ん玉にライトを当てたり、あちこちに聴診器を当て、「はい。口開けて」と、無表情に言い放つ。
どうやら、人の目を見ずに話すクセがあるらしい。
「おい、言われたとおり口開けろやっ!」
「ヒロシぃ……お前チョット黙っとけ。さっきから煩ぇんだよ。おい、冬木。ヒロシ連れて山本工業行って拘束衣貰って来い。向こうには俺が後で電話しといてやるから」
冬木は手短に返事をすると、サっときびすを返し、口惜しそうに躊躇しているヒロシの方を振り向きもせず、ドアを開けて出て行った。
ヒロシは散々名残惜しそうに逡巡しながらも、やがて諦めたのか、小走り気味に後を追った。
「ま、開けたくないものは無理に開けんでいい」
早口で銀縁眼鏡が言うと、俺の腕にゴム紐のようなものを巻きつけ始めた。
相変わらずせかせかと動き、腕を消毒し、注射針を突き立てる。
あまりに自然な一連の動きに、注射器から何かの液体が流れ込んできて初めて、俺は恐怖心を覚えた。
「たんなる抗生物質だ。心配すんな」
俺の、恐らくは青ざめた顔色を見たのだろう。薄ら笑いを浮かべて金本が言った。
「ちょっと眠くなるモンも入ってるから、すぐに楽になる」
注射を終えると、また再び、せかせかと出したものを鞄に詰め込んで立ち上がり、銀縁眼鏡はドアへと向かった。

「兄ぃちゃん。お前の立場を教えといてやる。お前はな、ヤクザの組長一人、意識不明の重態に追い込んだんだ。うちのオヤジはな、自分に噛み付いてきた犬は自分で叩っ殺さなきゃ我慢出来ねぇ人でな。オヤジが目ぇ覚ますまで死なれちゃ困んだよ。俺がよ」

――花井――。
霞のようなものがかかってきた頭に、尊大に仰け反る中年太りのパンチパーマが浮かんだ。
――そうか――いきてやがるのか――。

一人になった金本は薄ら笑いを浮かべ、「オヤジも加藤のバカなんかに任せてっから、お前みてぇなガキにやられんだよな」
妙に嬉しそうな金本の顔が次第にボヤけ始めてきた時――。
「そのうちよ、お前の大好きな京子ちゃんにも会わせてやるからよ」
きょうこ……
……きょう こ……
…………きょう……
………………………………。
そして俺は、何度目かの意識を失った。



3 朦朧

何日経ったのか。
1週間か――1ヶ月か――。
日にちの感覚が全く無く、最近は、ヒロシとセンセイ以外は、たまに冬木が顔を出すだけで、金本も他の人間も全く来ない。
すでに拘束衣は外されていた。
今は檻の中で何の拘束も受けず、全裸で膝を抱えているだけだ。やけに体がだるく、力が入らないため、暴れる気力も起きない。
体力と気力というのは比例するようで、あの日のことを思い出して胸が張裂けそうに痛むことさえ、あまり長続きはしない。
 
なんと言っても辛いのは排便だ。
誰もいない状況まで我慢するのだが、だだっ広い部屋で、全裸での排便というのは中々慣れるものでは無かった。
力が入らないだけではなく、全裸と云うのは人からそんげんと共に気力をもうばうものらしい。
ただ、センセイが〝こーせーぶっしつ〟を打ってくれるとシャキっとして、少しげんきになる。さいしょのうちはいっぱつ で頭がすっ きりしたのに、さいきんは前ほどきかずいつも体がだるいので、センセイにもっとくださいとおねがい  センセイにもっと  するんだけど、  センセイは何でも打ちすぎはあまりからだによくないよ。 あまりよくない よ  とか言ってあまりうってくれな い  そんな  とき おれはかなし く  なってなきたく なって  くる けどセ ン セがうて   くれ る ちゅしゃは         きもちがいいから   ちゅ しゃ うってくれたら   きも ちが  いい な    はやく   こな   いか       な   はや……     

せ ん  せ …… ……  ……

………………。


誰かが俺を見下ろしていた。
――だれだっけ――。

片腕の、袖の部分が妙にふわふわしている。
「アキ、俺が判るか。加藤だ。覚えてるか?」
――かとう――。
「くそ、ここまで進んでるんじゃ、急がねぇとやべぇーな」
「………………」
「いいか、メシを食え。無理矢理でも良いからメシを食え。俺の言ってることがわかるか? 何でも良いからメシだけは食え。それだけ覚えとけ」
「………………」
 男は言うだけ言うときびすを返した。

――俺は眠った――。
最近は悲しいことが多い。
センセイの注射は前より効かなくなった。
打たれれば打たれるほど体がだるい。
ちからが はい らない……

んで こんなとこにいるんだろう……

そ ろそろ ちゅしゃか   な……



きかない……
あの冷たくて気持ちの良い注射じゃない……
やだ……
かなしい……
ちゅしゃ ください……

………………。



「……るか……起きてるか。おい」
――だるい――。
顔も上げたくない。
「聞こえてるな。加藤だ。これから少しずつ楽になってくる。 メシを食え。  いいな」
片手の人か……

――メシ――。
痛烈に腹が減ってきた。
喉が焼け付くように渇く。
――みず――。
――メシを食え――。
何だか分からないが、守らなければ――。

それだけは分かった。




調教師 6 ~第3章~ 4 再開 ~ に続く



調教師 4  ~第2章~  6 咆哮 ~ 

6 咆哮

絶対に見間違いなどではなかった。
それは、まるで写真のように俺の目蓋に焼き付いた。
京子は目を瞑っていたが決して眠ってはいないことまで、その眉間に寄せられた僅かなシワが如実に物語っていた。
下げられた男の腕の行方までは分からなかったが、その眉間のシワは、京子が快感の渦に流されそうな自分を必死に抑えている時の特徴だった。

何故、そんな行動に出たのか、今でも分からない。
京子の仕事はホステスである。
客に送られて帰ってくることなど、特に珍しくも何ともないだろうし、その折、恋人のように腕を絡める程度のことだって本来大したことではない。眉間のシワなどにしたところで、スケベ親父に太腿でも触られた不快な表情であっただけなのかも知れない。
例え、それが俺に予告していた時間よりも、ずっとずっと早い時間であったとしても、それこそ大した期待もせずに待ち望んでいた僥倖とも云えることであり、むしろ喜ぶべきことであるはずだった。
だが、そういう理屈をいくつか思い浮かべながらも、俺の本能はハッキリそれらを全て否定し、激しく警鐘を打ち鳴らしていた。
それは、自分のメスを奪われそうになっている、オスの本能であると言っても良いだろう。

俺はとっさにきびすを返し、半ば隠れるようにして小走りで今来た道を引き返した。
マンションの前で止まったメルセデスの運転席から、男が一人降り、後部座席のドアを恭しく開けて、中を見ないような不自然な角度で頭を下げている。

30秒か、1分か。
とにかく気が遠くなりそうな時間を置き、気だるそうな顔をした京子が、スカートの裾を直しながら出てきた。
一瞬、本能の鳴らす警鐘を無理矢理ねじ伏せて、やはり眠っていただけだったのかも知れないと考えたのもつかの間、続いて降りてきたオヤジに、自ら腕を絡めてしな垂れかかり、一緒に玄関ホールに向かう2人を確認した瞬間、俺は言葉にならない絶叫を上げてそのオヤジに殴り掛かっていった。
猛然と襲い掛かる。
京子は、驚愕の表情と共に高い悲鳴を――。

突然の暗転。
だが、意識が飛んだのは、ほんの一瞬のことのようだ。
俺が認識出来たのは、横からの強烈な衝撃だけだった。
それが殴られたのだと理解したのは、自分がアスファルトに転がっていることに気が付いた後だった。

「なんだ? お前は?」
顔色を失くした京子の横で、尊大に俺を見下ろす腹の突き出たパンチパーマは、全ての映像が歪んでいる今の空間の中でも、やはりヤクザに見えた。
俺はスグに立ち上がろうとしたが、何故か脚に全く力が入らず、無様にもアスファルトに尻から落ちた。
「秋彦……」
息を呑み、掠れた声で京子が呟く。
「ふん。これがお前の言ってた、腹違いの義弟のアキヒコちゃんか?」
パンチパーマはその俺の様子を見て冷笑を浮かべると、京子の肩を抱き、玄関ホールの方へと歩き出す。
――おとうと? 
何を言ってるんだ? こいつは?
いや、そんなことはどうだって良い。予感があった。
行かせちゃだめだ。ここで行かせたら――。
2度と元には戻れない。

「くそ、待て……待て……。くそっ……ぅぉおおおおっ!」
言うことを聞かない足を右腕で強引に引き寄せ、残った左腕で無理矢理に這いずる。
俺は無意識のうちに咆哮を上げながら、痙攣する太腿に手を突き、今度こそ立ち上がった。
瞬間、側頭部。
再び転がされる。

これか――。
少しポイントがずれたのか、アドレナリンの効果か。
意識だけは飛ばなかった。
「ぼうず。いい加減にしろや。死ぬぞ」
気負いも何もない冷静な声。
手加減されたのだと気付いた。
「おいおい、加藤、殺すなよ」
あくまで尊大な態度を崩さず、パンチパーマが嗤う。
「ぼうず。お前がこの女の何なのかは知らんが、俺達が堅気じゃないことくらいは判るはずだ。今日のところは帰れ」
加藤と呼ばれた男が言い終わらぬうちに、俺は再びパンチパーマに殴りかかっていったが、後ろから足を蹴られて前に転がされる。

――が、掴んだ。
前に転がされたおかげで、パンチパーマのズボンの裾を、俺の右手が掴んだ。
この手は離さない。
上から加藤に蹴られ、前からパンチパーマに蹴られながらも左手でにじりよる。
「しつこいんだよ、ガキっ! しまいにゃホントに殺すぞ!」
後ろから加藤に髪の毛を摑まれ、前からパンチパーマに右手を蹴られて掴んだズボンの裾が右手からすり抜けていった。
だめだ……これは離しちゃだめなんだ――。
涙と鼻血に塗れて、ぐちゃぐちゃになった顔を更に蹴られた。
「花井さんっ! やめてっ!」

花井?
花井ってのか。
このデブは。

「何をとち狂ってんのか知らねぇがな、こっちゃ別にこいつ誘拐うってんじゃねぇんだ! 同意の下なんだよ。同意。分かってんのか?  お前の義姉ちゃんはな……さっきも車ん中で俺に股座触られてひぃひぃ言ってたんだ。ぐちょぐちょにまんこ濡らせてな……・」
「花井さん! やめて……」
サディスティックに嗤う花井の横には、俺が今までに見たこともないくらい、醜悪に表情を歪ませた京子がいた。
 
きょうこ……。
「うるせぇよ。世間知らずのお前の義弟に、大人の男と女の世界のことを教えてやってんだ。何だったらついでにヤクザに歯向かうってことが、どう言う事かも教えてやったって良いんだぞ」

その、薄ら笑いを浮かべる口を黙らせてやる。
「おい、知ってるか? お前の義姉ちゃんのフェラは絶品だ。フェラだフェラ。 判るか?  お しゃ ぶ り だ。 お前の義姉ちゃんはな、それは嬉しそうに俺の……」

――ギリっ――。
嘘だ。
お前が知ってるわけない。
嘘だ。
黙れっ!

ぶち。
ぶち……ぶち……ぶち……
花井と呼ばれたパンチパーマのズボンの膝の辺りを掴み、加藤に摑まれた髪の毛を引きちぎられながらも立ち上がった。
その加藤が、またも後ろから俺を蹴るのと、俺が花井を殴り倒したのはほぼ同時だっただろう。
「秋彦っ!」
俺は後ろから加藤に殴られながらも、花井の上に馬乗りになり、何故京子は加藤ではなく、俺を止めようとするのかが全く理解出来ないまま殴り続けた。 大垣を殴った時と同じで、マトモな思考は一切出来ず、ただ拳を花井の太った顔面目掛けて打ち下ろす。

しゃぶったのか……
しゃぶらせたのか……
何発殴ったか判らないが、いきなり後頭部に衝撃がきた。一瞬、後ろ向きに引っ張られるような、強烈な重力を感じ動きが止まったかも知れないが、それを無理矢理振り切って再び俺は殴りにかかった。
また来た。
やはり後頭部だ。
今度は連続でまとめて入る。
何か細くて硬いものだ。
自分でも、段々と動きがスローモーションのように鈍くなっていくのが判るが、決して打ち下ろす拳だけは止めなかった。 その間、何発殴られようが蹴られようが、パンチパーマの血まみれになったみっともない顔面目掛けてただ闇雲に拳を打ち下ろす。
その時、首の辺りに何かが巻きついてきたような気がしたが、それでもやはり拳は止めない。
その醜く腫れ上がり切れた目蓋に。
折れた歯が血の泡の中に浮かぶ、汚らしい口元に。
その目で俺の京子の裸を見たのかっ!
その口で俺の京子の唇を吸い、胸にしゃぶりつき、お、おまんこを舐めまわしたのかっ!

許さん!
殺す!
死ね!
死ね!
死ね!
死ね!
死ね!
死ね!
死ね!







調教師 5 ~第3章~ 1 拉致 ~ に続く

調教師 3  ~第2章~2 正座~ 5 衝撃

2 正座

当然と言えばあまりにも当然の事だが、放課後俺は部室に呼び出され、予想通り全員の前で正座をさせられていた。
誰も口を開かず、重苦しい空気だけが流れ、たっぷり30分以上も放置された後、主将の西岡が、部室の隅に置いてある竹刀を手に取り、いきなり俺の肩を打った。

「何か言う事があんだろうがぁ? あぁっ?」
正座させられ、放置されている間、大垣の事だけが俺の頭の中を占めていた。

大垣は何でも小起用にこなすお調子者で、後輩には口煩く、顧問やOBには媚を売るという、どこにでもいる良い加減な男だった。
女子生徒が見ているか否かで全く態度が違い、練習では手を抜き、試合ではスタンド・プレイに走った。
ヤツが使われている理由はただ1点。『脚は速いが、ただそれだけのことで、他には特に特徴もない選手である』と云うのが、俺達1年の共通した意見だったが、やはり顧問には可愛がられ、ずっとレギュラーを張っていた。

俺は常日頃から大垣にはストレスを感じていたのだが、今回の試合でヤツはスタミナ不足のせいもあり、終始相手ゴール前を離れず、その結果オフサイドの反則を繰り返し、決定的な場面では、あろう事かオーバー・ヘッドを狙って空振りする――。と云う失態まで犯した。
そして試合が終わり、全員がピリピリしている時に、大垣がその失態の事を、〝笑ってしまう恥ずかしい失敗談〟として、面白おかしく話しているのを聞いた途端、俺の中で何かが爆発し、気が付けば拳を振り回していた。


「お前は、自分が何をやったのか判ってんのかぁっ!」
打たれた肩の痛みに耐え、俺は貝になった。
例え死んでも謝るのはごめんだった。
3年の怒りは頂点を極め、普段は大垣に対して不満しか抱いていないはずの2年までもが感化されていた。
そして散々怒鳴られ、小突き回されても謝ろうとしない俺に、「お前……辞めろ」
ついに業を煮やした西岡が、諦めたように言い放った。

辞め……る?
俺が?

「嫌です!」
思わず口に出た。
「辞めたく無かったら、何かそれなりの態度ってもんが、あんだろうがぁ!」
「嫌ですっ!」
「こんな事しといて反省も出来ないヤツに、チーム・プレイなんか出来る訳無ぇーだろうがっ!」
「嫌ですっ! 辞めません! ここに居させて下さいっ!」
「だったら謝れよ! そこに手ぇついて全員に謝れっ!」
「サッカーを続けさせて下さいっ!」

周りの言ってる事なんか全く耳に入らなかった。
俺は懇願した。
誰にも謝らず、ただ懇願した。
その間、バカみたいにただ、「嫌です!」「辞めません!」それだけを繰り返した。

俺は泣いていたのかも知れない。
「嫌です!」
「辞めません!」
「嫌です!」
「辞めません!」
サッカーしか無かった。
それしか出来なかった。
「嫌です」
「辞めません」
「嫌です」
「辞めません」
それを失った自分など想像すら出来なかった。
「嫌です……」
「辞めません……」
「嫌です……」
「辞めません……」

気が付けば――。
誰も居ない真っ暗な部室に1人座って呟いていた。
「いやです……やめません……いやです……やめません……」


4 孤高

2年になった俺は、押しも押されもせぬエース・ストラカーだった。
去年のあの一件以来、西岡を始め、前の3年は徹底的に俺を無視し続けた。
当時2年だった今の3年も、俺と同級生の2年も、西岡達に遠慮して、俺とはほとんど口を利こうとしなかったのだが、彼らが卒業すると、最低限のコミュニケーションだけは取ってくるようになった。
とは言え、特にイジめられる様なことも無かった代わりに、決して冗談を言ってくることも無い。

そう、俺は完全に孤立していた。

だが、誰も俺からボールを奪うことは出来なかった。
誰も俺より正確にパスを出せなかった。
誰も俺より瞬時に的確な状況判断は出来なかったし、何より、誰も俺より速くは走れなかった。

俺は都の選抜メンバーにリストアップされ、今では顧問でさえも俺を外すことなど出来なくなっていた。
大垣を殴り、部室で散々責められた翌日から、俺は狂ったように練習した。
バス通学を止め、学校まで片道8km程度の道を毎日走って往復した。
練習が終わっても、一人で腕立て伏せや腹筋やスクワットなどを、比喩などではなく、本当に動けなくなるまでやった。

俺の最大の武器は足だったが、最大の弱点は体重だった。
身長は182cmと高めなのに対し、体重は70kgを少し下回っている。
全国レベルになれば、間違いなくデカいディフェンダーとの競り合いでは当たり負けをするだろう。
武器である足を磨きつつ体重も増やすためには、身体を筋肉の鎧で固める必要がある。

俺の身体は見る見る変化していった。
体重はどんどん増え、胸と太腿は目に見えて厚く、太くなった。
最初周りは、俺が反省やパフォーマンスのために意地になってアピールしていると受け取ったようだが、事実は全く違う。
俺はあの瞬間に気付いてしまったのだ。

自分がどれだけサッカーを好きだったか。
それを取り上げられそうになり、どれだけ狼狽したか。
2度とごめんだった。
これしかなかった。
練習の苦しさなど、サッカーを取り上げられる苦しみとは比べるべくもない。

そのために――。
誰にも文句を言わせてはならない。
誰にも負けてはいけない――。と誓った。

初めてサッカーの専門誌に写真入りで紹介された辺りから、雑誌の記者や有名大学からの視察など、俺の周囲は本人を置き去りにして常に騒がしくなり、その結果チームからは益々孤立していった。
自然、京子との時間も更に削られる。
しかし、京子はそれをも理解してくれた。
俺の身体つきが変わってきたと喜んだ。
俺の顔つきが精悍になってきたと喜んだ。
俺が有名になって鼻が高いと喜んだ。
他の女の子が黙っていないと、おどけて笑った。
映画も遊園地もせがむことなく、練習で疲れきった俺を優しく癒してくれた。

俺には栄光と言う名の線路がはっきりと見えていた。
今はバネをギリギリまで引き絞る時だ。
俺には京子とサッカーがあればそれで良い。
それ以上他に望むものなど、何もなかった。


5 衝撃

日曜日はほとんどが他校との練習試合であるため終わるのが早く、俺と京子にとっては貴重な一緒に過ごせる時間だった。
京子も、日曜日といえば客やホステス同士の付き合いで、ゴルフや買い物などに出かけていくことが多かったのだが、それでも帰りは比較的早く、日が暮れる頃には大抵家にいた。
だが、銀座でも一流と言われる店に移ったのがきっかけで、この頃は貴重な日曜日も中々逢えないか、また逢えても本当に短い時間であることが多くなってきた。

「大きなコンペなんかだったら、終わってからも食事や飲みなんかで、途中で抜けるわけにはいかないのよ」
逢えない日曜日の夜、俺は決まっていつもの倍以上走った。
練習や、練習試合でいくら疲れていようが、体を酷使しなければ眠れないのだった。
走っていても客に媚を売っている京子の姿が頭にチラついた。
疲れてくると、京子の股間に顔を埋めるスケベ親父の姿まで、ありもしないと思いつつも脳裏に浮かんできて離れず、俺は更にぶっ倒れるまで走り続けなければならなかった。
あれだけ走ったと言うのに、家に帰ってからも、ちょっと油断すると妄想は果てしなく広がり俺を苦しめた。
髪の毛を掻き毟り、胸を引き裂いて収まるならそうしたいと願うほどの苦痛。
それはリアルな痛みを伴って、俺を責め続ける。
俺は京子の仕事を初めて呪った。
知らないオヤジに媚を売って稼いで来た金で、豪華なマンションに住み、美味いメシを食い、綺麗なドレスに身を包む京子を呪った。
そのマンションで京子を抱き、美味いメシを食わせてもらい、ブランド物の服をプレゼントされ、時には小遣いまで貰っている自分自身を呪った。

早く大人になりたかった。
自分自身の稼いだ金で京子に贅沢をさせてやりたかった。
だが、今のようにJリーグのある時代ではない。
大学を経て、社会人リーグに入っても、ほんの一握りの人間を除いて金持ちとは無縁の世界だった。
その一握りの、限られた人間の収入でさえ、野球選手などとは比べ物にならず、その数も数えられる程度でしか無かった。

「ホントごめん! 来週には必ず埋め合わせするから」
その日も、昨日の京子の声を思い出しながら、特にコースを決めるでもなく走っていた。
それでもやはり、気が付けば、いつの間にか俺の足は京子のマンションの方に向かっていた。

京子のいないマンションを見て、どうしようなどと云う気もなく、行っても余計に虚しくなるだけなのは分かりきっていたのだが、ひょっとして何かの事情で早く帰ってくることが有るかも知れない。
もちろん、本当に期待しているわけでもなく、走っている間中良からぬことを考えているよりは、少しでも楽しいことを考えようと思い、俺は時々マンションの前を走ることがあったのだ。
マンションの前を通り過ぎる時、チラっと電気の消えた京子の部屋を見上げ、無性に寂しくなり、やはり来なければ良かったと後悔したが、それとて所詮いつものことであった。
しかし、その日はそのまま200mほど通り過ぎたとき、正面からすれ違っていったメルセデスの後部座席で、見知らぬオヤジに腕を絡め凭れ掛かって目を瞑っている京子を見て、いきなり頭をハンマーで殴られたかような衝撃を受けた。



調教師 4  ~第2章~  6 咆哮 へと続く




調教師 2 ~第1章~  秋彦 ~ ~第2章~  1 京子

~第1章~ 
秋彦 

親父はとんでもないロクデナシだった。

親父方の祖父は英国人で、日本大使館に勤めている間に祖母を孕ませたまま本国に帰ったらしく、俺はその男の顔を写真でしか知らない。

親父は毎日酒を飲んではお袋を殴り、ロクに仕事もせずに遊んでばかりいた。
一緒に住んでいた祖母が何を言おうが、いつも夢みたいなことばかりを口にし、一度家を出れば半年や1年、時には2~3年にも渡り平気で家を空けた。
しかし生活の方だけは、英国の祖父の送金のおかげで、祖母もお袋も、贅沢こそ出来ないものの、働かずともメシは食えた。

つまり、俺は女を性欲の対象としてしか見ることが出来ないロクでもない男共と、美しくも生活力が無く、男の庇護の下でしか生きられない、世間知らずの女共の血を受け継いだ、由緒正しきロクデナシだというわけだ。

祖母とお袋に囲まれて育った俺は、常日頃から、女性に対しては優しくしなさい――。と、徹底的に教え込まれた。粗暴な親父で懲りたのか、俺は幼い頃からピアノを買い与えられ、乱暴な言葉は一切禁じられ、学校でも比較的大人しい、所謂〝いい子〟だった。
お袋と祖母は、互いの傷を舐めあうがごとく、実の母娘のように仲が良くて、そのため多少窮屈だが平和ではあった。


――親父が居る日を除いて――。

「おい、金だ。金が要る」
俺が親父のことを思い出す時、常に頭の中で親父が喋っているセリフである。

お袋も祖母も何のかんのと言い訳を作って渋るのだが、最後は親父が暴れだすものだから、いつの間にかその前に適当な金額を渡すことが習慣になっていた。

俺も小学校の高学年になる頃には、その辺の事情もある程度は理解出来ていたし、事実親父が居ない間は静かで平和だったこともあり、俺は親父を憎む、と云うよりは、ただ蔑み、――さっさとどこかで野たれ死んでくれれば――。程度の事を時々思い浮かべる位で、普段はその存在さえ忘れている程だった。

俺はガキの頃から女にはモテた。 
親父はとんでもないロクデナシだったが、俺に日本人離れした、彫りの深い顔と長い手足を残してくれた。

小学3年生の終わり頃、初めてバレンタイン・デーのチョコレートを家族以外の女から貰った。
「秋彦は男前だから女の子にはモテるよ。でも女の子は泣かしちゃダメ。優しくしてあげなさい」
男女が付き合うと云う事がどう云う事かも判らぬうちから、祖母やお袋には口癖のように言われ続けた。
4年生になると、違う学年の女の子からも貰うようになり、5年生のクリスマスの日に悦子と云う6年生の女の子と初めてキスをした。
その後悦子とは、中学1年の終わり頃まで付き合っていたのだが、初めてのSEXは俺が6年生の秋、同じピアノ教室に通う、当時中学3年の別の女だった。

秋子と云う3つ年上のその女は、同じピアノ教室で、ただ名前が似ていると云う、理由にもならない理由で昔から俺によく話しかけて来た。    
何度か家にも遊びに行き、手作りのクッキーや紅茶などを度々ご馳走してくれる、所謂〝お嬢さん〟だ。


「秋彦は彼女とかいるの?」
「ん? 彼女……ってか、一応付き合ってるっぽい女の子はいるよ」
秋子は、さも当然とばかりに、余裕の態度を崩さずに続けた。
「秋彦モテルもんねー。ウチの教室でも秋彦のこと狙ってる子、何人か知ってるもん」
「えー? そんなことないよー」
もちろん何人かの存在には気付いていたが、あくまで態度には表さない。
「キスくらいしたの? それともそれ以上かな?」
挑戦的な表情を作ろうとしているようだが、あまり上手く出来ているとは言い難い。
「うん。キスはしたことあるよ」
それに対して俺は何故か冷静だった。
「私ね。来年の春にはウィーンでしょ。だからその前に、秋彦に一つ思い出をあげるわ」

明らかに事前に用意されたらしいセリフ――。
だが、その余裕のない引き攣れた笑顔を見て、3つ年上のこの女を俺は可愛いと思った。

後に俺のことを、『女に関しては天才的』と、称した女がいたが、この時も俺は決して自分から動くべきではなく、秋子を動かすべきだと判っていた。

今まで特に意識することもなく、家庭や学校で〝良い子〟を演じ続けて来た俺にとって、この場面での〝期待と緊張で動けない6年生〟を演出することなど造作も無いことだった。
秋子にきっかけを与えてやるため、たっぷりと間を置いて俯いた後、救いを求める潤んだ眼差しを作り、見上げてやった。
秋子は、あくまで上手く出来ていない余裕の表情を崩そうとせず、自ら目を瞑ると俺に唇を重ねてきた。
俺は一旦閉じた目をゆっくりと開け、冷静に秋子の表情を眺める。
そして、その身体や唇が微かに震えている様を堪能した。

初めてのキスがまだ幼い時だったことも影響しているのかも知れない。
俺は、こうやって女の打ち震える真剣な表情を冷静に観察するクセがあるらしい。

頑張って何とかキスまでは辿り着いたが、そこから一体どう行動すればいいか分からない秋子に対して、俺は――遮二無二抱きつく――。と云う演技を実践してやらなければならなかった。
俺が慌てる俺を見て、少しだけ本当の余裕が生まれてきたのだろう、「ブラウスがシワになってしまうわ。向こうを向いていて」と、自らも後ろを向き、俺がちゃんと後ろを向いているのを何度も確認しながら服を脱ぎ始めると、下着を残したままベッドに潜り込んだ。俺も下着をどうしようかと少し悩んだ後、やはり着けたままでその隣に潜り込むと、秋子の髪を優しく撫でた。

秋子は少し驚いた表情を見せたが、もうここまでくれば演技など必要無い。俺は依然冷静である自分に満足しながら、秋子の唇に自分のそれを重ねた。
痛みと恐怖に打ち震える秋子を、やはり可愛いと感じながらも、――こんなものか――。というのが、初めての時の感想である。

その後秋子は、親がいない日にしか2人で逢うことが出来ないということもあり、たった4度ほど俺に抱かれた後、ウィーンへと向けて旅立っていった。
そして当時付き合っていた悦子は、中学1年の夏初めて俺に抱かれた。
だが、俺が初めてではなかったことにひどく腹を立て、そのことは中一の終わり頃、別れの時まで彼女の心を支配し続けた。
悦子は俺に抱かれるたびに その事をなじり、泣き、喚き、いい加減にうんざりしてきた頃――。

俺は2才年上の女、京子に出会った。





~第2章~ 
1 京子

京子とは街のゲームセンターで知り合い、何度か顔を合わせているうちに、いつしか自然と仲良くなった。
当時中学の3年だった京子は、学校には行かず、スナックでバイトをしており、金を貯めて将来は美容院を開きたいなどと言っていたのだが、たかがスナックのバイトで親元から離れて一人暮らしをしている京子にそんな金が貯まるとは到底思えなかった。
だが、そんな事はもちろん俺に何の関係があるわけもなく、やはり昼間に時間が自由になり、一人暮らしをしている女と云うのは何物にも変え難く、何より俺の周りにいる女達に比べて、京子はずっと美しく大人だった。

中学に上がった俺は、どうしてもスポーツを始めたくなり、そのことでお袋とはよく衝突していた。
学校とピアノだけでは自分の時間など持ちようもなく、悦子や秋子と会う時間にさえ事欠く始末だったので、俺としてもこれだけは絶対に譲れないセンだったのだ。
そして、そもそもピアノに悪影響しか及さないスポーツなどというものには何の興味も無いお袋に対し、〝手を使わない〟と云う理由で唯一許されたのがサッカーであった。

この時の選択が、俺のこれからの人生を決めてしまう――。

まるで運命という波に弄ばれる1枚の木葉のように、サッカーという競技は俺を魅了して止まなかった。
元々脚が早く、運動神経そのものにも自信はあったが、なんと言っても俺がズバ抜けていたのは、停止状態からトップ・スピードに到達するまでの時間が短い――。と、云う事らしかった。

全国大会に出られるような学校ではなかったが、2年になり、3年になり、次第にスタミナが付いてくるにつれて、都内にも俺の名前が少しは知れ渡る程度にもなった。

そんな多忙な日常の中でも、隙を見つけては京子の家に行き、飽きることなく彼女の身体を貪った。
特に試合の後、様々な疲労がピークに達すると、自分ではどうしようもないほどに京子の肉体を欲っした。

京子は、今までの女などとは違い、本当に男の身体を知っていた。
――ただ処女ではない――。などと云う意味ではなく、文字通り、本当に良く知っていたのだ。

俺は溺れた――。
京子は俺を勃たせ、その口に含み、上に乗って腰をくねらせた。
俺は今までのように冷静でいることも出来ず、その胸に、その口に、時にはその身体の奥深くに放ち、完全に翻弄された。と、同時に、初めて女を絶頂へと導く喜びを教えてくれたのも京子だった。
髪を振り乱し、眉間にシワを寄せて、辺りを憚らぬ声で叫び、最後には死んだように動かなくなるまで俺を離さなかった。
俺は何度も家を出て一緒に住むことを望んだが、その度に京子に諭され、一人寂しく家路についた。

中学の3年になると受験が待っている。
その頃になると、さすがに俺も京子に対して、ほんの少しばかりの余裕が出て来ており、家を出るなどという無謀な考えは捨て、進路に関しても冷静に考えることが出来るようになっていた。
それは、親の念願であった音楽の有名な高校などではなく、やはりサッカーによる推薦入学であった。

中学生がピアノとサッカーと勉強と女を全て完全にこなせるはずもない。
勉強は云うに及ばず、自然とピアノの方もお座なりになっていき、土・日のレッスンも含めてほとんどがサボりがちであり、必然的にサッカーで進学せざるを得ない状況であったのも事実である。

そしてその頃京子は、少女から大人の女へと移行する過程の真っ只中にあり、その姿は、サバンナをしなやかに疾駆する、1頭の気高き雌豹のような――。その瞬間の女だけが持ち得る、一種凄まじいばかりの美しさを醸し出していた。

俺達はどこに行っても羨望と妬みを持って迎えられた。
そんな俺たちの唯一の不満といえば、それは、俺が高校に進学した頃から一気に少なくなった、共に過ごせる時間のことだった。

その頃京子は、以前バイトしていた近所のスナックを辞め、銀座のクラブへと、その活躍する舞台を移していた。
だが、スナックとは違い、同伴、アフター、休日の接待――。と、収入が増えた分だけ同時に時間も削られていく。
俺の方も高校までの距離が遠く、部活も中学とは比べ物にならないレベルの練習量で、必然的に2人が一緒にいられる時間は削られていった。 
しかしそれは決して危機などではなく、むしろカップルとしての成熟度が増した結果だと理解していたし、一緒にいる時はその隙間を埋めるかのようにお互い激しく求め合い、燃え上がった。

俺は、1年の時から異例とも言えるレギュラー扱いで2トップの一角を任された。
その結果俺は明らかに天狗になったが、かと言って誰も俺のスピードには追いつけなかった。

そんな挫折を知らない1年の秋――。
地区予選の決勝で敗れた時、スタミナ切れで集中力を欠き、終始スタンドプレイに走る3年の大垣を殴った。

それは、俺にとって初めての人を殴るという行為だった。
膝が震え、涙が止まらず――学年とか、場所とか、時間とか、相手の痛みとか、自分の立場とか、その後の展開だとか――。とにかく何も考えられなかった。
何も考えず、硬く握ったこぶしを、ただ闇雲に振り回した。
ジャブだとかフックだとか蹴りだとか――。
男なら誰でも一度は頭の中でシミュレートしたことのある展開になど全くならなかったばかりか、一体何発くらい殴ったのかさえ記憶にない。

気が付けば――。
血塗れで倒れている大垣の横に、俺も同じように引き倒され、何本もの腕や脚によって血に塗れていた。
不思議と痛みはあまり感じず、ただただ何かを狂ったように大声で叫んでいたことだけを覚えている。

病院に連れて行かれ、左の眉の中ほどを斜めに7針ほど縫い、顧問にこってりと絞られ、家まで送ると言うのを頑なに固辞し、半ば逃げるようにして俺は京子のマンションへと向かった。


「肉だ。肉を食わせてくれ」
「やだ、何……どうしたの? その顔」
「いいから肉を食わせてくれ」 
京子のマンションには、俺のためにいつでもステーキ用の肉が置いてあった。 
暫く、ジっと俺の顔を見つめた後、腰に手を置き、「ふんっ、しょうがないなぁ……男の子は」
まるでドラマに出てくる女教師か母親のような態度で――。ついてきなさいと、ばかりに顎で奥を示し、自分は足早にキッチンへと向かった。 

肉は血の味しかしなかったが、俺は一口も残さず全てを食い尽くした。
噛み締めるたびに、肉汁がズタズタになった口中に突き刺さるように沁みたが、それとは全く関係なく、自然と涙が溢れて止まらなくなった。
有難い事に、京子はその様子を見て見ぬ振りをしてくれたのだが、京子の前で初めて流す涙を、俺は不思議と恥ずかしいとは感じなかった。

「どう? 美味しかった?」
食い終わり、涙も止まった頃――。これでちょっとは懲りたでしょ? と、ばかりに、京子はやっと口を開いた。
「いつもより味が薄かったんじゃねーか?」
「いつもと同じ味付けなんて、傷に沁みて食べられるわけないじゃない! それに、どうせ味なんて大して判らなかったでしょ?」
言い終わると唐突に軽く唇を重ねて、「今日はどうする? 泊まってく? それとも帰る?」
無性に京子のことが欲しかったのだが、俺はそれに耐えた。
それは、京子を抱きたいわけではなく、単に甘えたいだけなのだと自分で気付いてしまったからだ。
ボロボロの俺を見ても何も言わず、ただ優しくしてくれる京子に甘えて慰めてもらいたかっただけなのだ。
一旦それに気付いてしまった以上、決して甘えることなど出来はしない。
「今日は帰るよ。また電話する」
別れ際、再び唇を重ねてきた京子は「あんまり無理しちゃだめよ。男の子だって時には誰かに甘えて良いんだからね」
と、それだけを口にした。

帰り道――。
少し涙目で心配そうな京子の顔を思い浮かべ、今すぐにでも取って返したい衝動を振り切るかのように、家までの30分あまりを走って帰った。

家に帰った俺を待っていたのは母と祖母の大狂乱だった。
「これではピアノが弾けない」とか、
「だから運動部は」とか、
「やはり女の子が良かった」とか、
「やっぱりアノ人の血だ」とか、
「学校を訴える」だとか――。

支離滅裂なことばかりを言って、余計に俺をイラつかせる。
救急車を呼ぼうとする2人を何とか押し留めると、俺は一人部屋に篭り、明日からのことを考えた。

京子に会いたかった。
今、無性に京子に会いたかった。
会ってその胸で慰めてもらい、その肉で俺の凶暴な叫びを受け止めて欲しかった。
明日からのことなどどうでも良かった。サッカーも家も母も祖母も大垣も学校も――。

何もいらない。

ただ京子の前で子供のように泣き叫びたかった。
何故、あのまま泊まっていかなかったんだろう?
何をそんなにムキになっていたんだろう? 
せめてあの身体を1回抱いてから帰っても良かったんじゃないか?

しかし――。
出来る訳が無い。

仮に1度でも抱いたら帰られる訳が無かった。
自分自身を呪った。
俺は所詮、未だ高校生でしか無く、親の庇護の元でぬくぬくと暮らしていくしか無いのだ。
学生はただ学校に戻ることしか出来る訳が無かった。
一人ベッドに入って目を瞑る。

そこでは、皆の前で大垣に土下座させられているリアルな映像が、頭の中をぐるぐると回っていた。





調教師 3  ~第2章~  2 正座 へと続く
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堂山鉄心

Author:堂山鉄心
大阪府出身。 大阪を中心にSM活動を広げてきたが、ARCADIA TOKYOの出店に伴い、その活動の拠点を東京に移し活躍中。

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